大正時代の若御曹司×二流小説家

おまかせコースより御依頼

頂いたご依頼内容
主人公が10代後半〜20代前半であること
耽美を意識すること

彼、佐伯宗一郎と初めて出逢ったのはいつだったか。少なくとも一、二年は経過していたとは思うが、年月を微塵も感じさせぬほど、眼前の男は何も変わらなかった。

「……さあ、宗一郎」

短く促せば、金縛りからたったいま解けたばかりかのように彼はぎこちなく歩を進め、躊躇いがちに波斯絨毯の上――即ち、花菱千景の足元へと跪いてみせる。
不安げな面持ちでこちらを見上げる男の表情は、相変わらず意気地のないものであったが――その双眸に滲む興奮と劣情は、いつだって千景の支配欲と自尊心を大いに満足させてくれた。
高く筋の通った鼻と、妙に艶かしく色付いた形良い唇。そして、控えめな二重瞼それぞれが黄金比にぴたりと当て嵌められた男らしくも繊細な趣を持つ彼の顔立ちは、恐らく心惹かれぬ女など存在し得ないだろう事が容易に窺える美丈夫である。
――にも関わらず、常に浮かべられている自信のなさそうな表情、そして挙動が形容し難い危険な色香を醸し出し、千景のような加虐心を持ったサディストの欲望を強烈に煽って惹きつけるのだ。
宗一郎との対面を初めて果たしたのは、とある出版社の一角だった。当時、彼は俗に大衆文学と呼ばれる小説の類を執筆する一端の作家であったのだが、近頃は優れた文豪が次々とその頭角を表している大正の世では読者たちの目も肥え始めた故、余程の傑作か怪作でも生み出さなければ箸にも棒にも掛からないのが現状である。
千景が宗一郎を目撃したその時、確か彼は自身の書き上げた原稿について編集者からこっ酷く駄目出しを受けている最中だった。
ちなみに千景はというと、成人を迎えて間も無いというのに経済から政界に至るまでその名を轟かせている花菱財閥の若社長に是非取材を申し込みたいという出版社側からの申し入れを渋々承諾し、打ち合わせの為に仕事の合間を縫って先方の社屋を訪れていたわけだが、精悍な顔立ちを持つ彼が例の薄幸そうな暗い表情を浮かべて項垂れている様を見かけたその瞬間、誇張でもなんでもなく、心が激しく揺さぶられ、一目惚れ同然に堕ちてしまったのだ。
故に、千景はこのうだつの上がらない二流作家に申し出た。

「君の衣食住の一切は花菱家で面倒を見よう。望むのであれば、小遣いだって幾らでもくれてやる。その代わり――僕の為だけに、物語を紡いではくれないか。本能が疼くような、とっておきの官能を君に描いて欲しい」

瞬間、彼の表情に浮かべられたのは大いなる戸惑いと、仄かな熱である。
やはり、千景の見立ては間違っていなかった。この男は、自身の内側に荒れ狂う波のような狂おしい劣情を抱きながらも、そこから目を逸らし続け、己の中に潜む淫靡な焔を霧散させる事さえ出来ずに悶々とした日々を送り続けていたのだろう。
彼が書き上げるべきは、奇想天外な仕掛けを用いた事件を扱う推理物でもなければ、子供達の夢想を膨らませるようなお伽噺でもない。
読者の五感を刺激してやまない、官能の世界を綴るべきなのだ、と。
故に千景は、蕩けるような情事とは何たるかを実地でこの男に教え込みながら原稿を書かせ、それを花菱の力を以って出版するよう編集者たちに行使した結果――佐伯宗一郎という作家の名は一躍界隈に知れ渡る事となった。今では花菱の力添えなどする必要もない程に、各出版社は彼の原稿を手に入れようと競い合い、例の厳しい駄目出しを繰り返していた編集者までもがその掌をくるりと回転させ、次回作を早く早くと宗一郎を急かすのだ。
それほどまでに彼の作品が大衆の官能を煽って止まない理由、それは描写の生々しさと臨場感にある。
当たり障りのない推理物などを執筆している際には窺えなかった表現力の高さが突如として身についた理由――それは、宗一郎自身の体験がほとんどそのまま描かれている故なのだ。
彼は感受性の高さを存分に活かし、千景との交わりを五感すべてで鋭く享受した後にそれを物語として原稿用紙へと書き連ねていく。
勿論、小説として発表するに際して性別の変更や仮名の使用、多少の脚色などが施されていたものの、紙面で交わる男女の描写は決して虚構などではなく、実体験を赤裸々に綴った云わば佐伯宗一郎という男の独白であった。

「……今作も、良く書けているね。私の施した愛撫を君がこんな風に感じていたとは、少々気恥ずかしくもあるが」

玉座の如く、立派な設えの椅子に腰を掛けたまま、千景は手を伸ばし、傍らの原稿用紙を手に取りつつ心にもない羞恥を取り繕う。

「特に此処、主人公が口淫を享受する場面の描写は格別だ。これは小説というよりも、フィルムに焼き付けた映画でも再生して実際にその情事を目の当たりにしているかのような生々しさがある。やはり、君には類い稀なる才能を感じるよ。私の見る目に狂いはなかった」

つい先日、書き上げられたばかりである彼の新作は、二人の男が織りなす不毛な同性愛を描いた作品だった。
今までは男女の官能小説ばかりを世に送り出していたのだが、この度、出版社からの熱烈な要望によりホモ・セクシュアルを題材とした内容に手を出す運びとなったわけである。
同性愛、それも男同士の濡れ場となれば原稿用紙を走るその描写はより鮮烈に、より具体的なものとなる故、いつにも増してその臨場感は写実的で読み手すべてにその光景をありありと想起させた。
原稿へと描かれた愛撫を彼に施した張本人である千景ならば尚のこと、日毎に薄れゆく感覚が強烈なまでにぶり返してしまうほどに正確で情熱的な文章であった。

「さて、今夜はどうされたい?」
「あ……っ」

千景の足元へと頽れたまま惚けた表情を浮かべている宗一郎の下顎を指先で擽れば、悦楽の予感に潤んだ双眸が上向き、どろりとした甘い視線をこちらへと向ける。

「今日は、僕が……。貴方を、その……」

言いながら、男は無意識に自身の下唇を湿らせる。

「なるほど、今度は君が私に奉仕をしてくれるというわけか」

悪くない、と薄く微笑みそのまま彼の後頭部へ掌を回して促せば、幾分かの躊躇いの後、彼は手こずりながらも千景の下肢を寛げ、下履きの中から引き摺り出した熱の先端に吸い付いた。
柔い唇に亀頭全体を包み込まれたその瞬間、ぞくりと疼くような悦楽が背筋を駆け上がる。
生まれながらの凄まじい色香を手にしていながら男色の嗜みがなかったという彼には当然のこと、同じ男に口淫を施した経験は皆無であった故、その愛撫は非常に稚拙でもどかしい。が、しかし――稚拙でありながらも咥え込んだ陰茎を嫌がる素振りや躊躇さえなく、母乳を求めて必死に乳房へと吸い付く赤子の如く彼は熱心に千景のそれを育て、一滴でも多くの精液を腹に収めようと慣れないながらも舌を蠢かせるのであった。

「ん、は……っ」

先端がしとどに濡れた頃、千景の先走りか、それとも彼の口腔から溢れ出した唾液なのか判別の付かぬ体液が、硬度を増して膨らみつつある陰茎の幹をつうっと伝い落ちる。
すると宗一郎はそれを追いかけるように、舌先を今度は亀頭から根元へと向かって這い下ろし、下生えに顔を埋め込むような姿勢でそのまま今度は茎を丹念に育てるかの如く熱心な口淫を続けていた。

「お願いです、千景さん……」

その口端からも淫猥な雫を滴らせながら、劣情に蕩けた表情で彼はこちらを見上げ、震える声音で懇願する。

「飲ませて、下さい」

切なげに細めた双眸へと、今にも溢れんばかりの涙を溜めながら告げられたはしたない願望は、これ以上なく千景の背徳を煽り、嗜虐心を駆り立てた。

「……君の好きなようにするといい。すべては君の、思うがままだ」

赤褐色の長い髪を掻き上げながら千景が不敵に笑うと、潤んだ双眸は更にうっとりと蕩け、程なくして口腔での愛撫が再開される。
今度は硬く勃ち上がった千景自身の全体を深く咥え込むと、一心不乱に粘膜の中で熱を丹念に、より激しく育て上げ、程なくして爪先から激流のような悦楽が睾丸めがけて押し寄せてくる感覚に囚われる。
このまま押し流された末、肉体ごと目の前の男と溶けてしまえたら良いのにと頭の片隅で夢想しつつ、千景はふと口端を歪め、絶頂を促すように足元にて疼くまる宗一郎の後頭部、黒髪へと掌を回した。

「さあ、受け止めてくれ。君のその唇で、私を――」
「ん……っ」

瞬間、怒涛の奔流が押し寄せ、千景の下肢に顔を埋めている男の口腔でそれは弾けた。
急激に血流が全身へと巡り、吐き出されていくような排泄感と放心。曰く、女が味わう快楽というものは余韻が非常に長く尾を引くらしいが、比べて男の絶頂は到達したその直後にはもう冷めてしまう程に刹那的で儚いものである。が、しかし――活き活きと疼く子種を多量に吐き出しても尚、千景の熱から決して唇を離そうとせず、深く咥え込んだまま喉を鳴らして奔流をごくりと飲み込み続ける彼の表情を見下ろすうち、熱を失ったはずの下心がまたむくりと懲りず頭を擡げる不埒な感覚をおぼえ、思わず微苦笑を浮かべた。
しばし後、殊更に大きく喉を鳴らして千景の残滓を飲み込んだ彼はようやくその唇から熱を手放すと、ともすれば泣き出してしまいそうな程に切なく歪んだ表情でこちらを見上げ、弱々しくもはしたなく、こう強請ってみせたのだ。

「今度は僕の中に――貴方を、千景さんを吐き出して欲しい、です」

欲情に掠れたその声音から、痛いほどの切実さ、そして灼けるような劣情が滲み出す。
達したばかりだというのに、腹の奥底から再びずくりと鼓動のように加虐心が脈打つのが分かった。

「いいよ、おいで」

促し、千景は椅子に腰掛けた自らの上に男を跨らせ、灼熱を求めてひくひくと物欲しげに収縮を繰り返す窄みへと自身をあてがった。

「ァ、あ……!」

千景が突き上げたのか、それとも彼が自ら沈んで受け入れたのか。
その判別もつかぬほどごく自然に、どちらからともなく互いの肉体がぬるりと奇妙な蠕動を伴いながらひとつに合わさる。
事前に慣らしておいたのか、潜り込んだ粘膜の中は、不埒な湿り気と悦びに満ち溢れていた。
穿たれたそれを長く待ち望んでいたかのように、千景の幹に激しく絡みつき、決して離すまいと強く締めつけながら受け入れた熱を更に奥へと誘う。

「――相変わらず、君は貪欲だな」

緩い律動を刻みながら揶揄するように千景が漏らせば、彼はその頬を薄く染め、自らのはしたなさを恥じている様子を見せてはいたものの落とした腰は積極的にくねらせたまま、どこまでも快楽を素直に――否、愚直に追い求めている様子である。

「千景さん……っ、千景さ……!」

与えられる律動だけでは飽き足らず、更なる刺激を求めて乱れ狂いながら男は千景の名を嬌声混じりに何度も囀った。

「足りないんです、もっと……。もっと、貴方を教えて下さい」

貴方のことをより明確に、より生々しく作品として描写してみたいのだと縋りながら、宗一郎はその本来であれば精悍で美しい貌をはらはらと流した涙で濡らし続けている。

「私のことをもっと知りたい、か」

込み上げる愉悦は意図せず千景の口端を吊り上げ、淫らに我を失いつつある眼前の男と同様、理性ごと化けの皮を一枚ずつ剥がれていくような奇妙な背徳を植えつけた。

「現時点で君が感じている花菱千景は、一体どういう男だろう」

尋ねると、こちらの背に縋りつき腰を激しく揺らしたまま、苦しげながらもだらしなく蕩けた表情を浮かべて宗一郎は語った。

「とても、美しい人だと――。ンっ、初めてお会いした時に思いました」

瞬間、どろりとした喜悦の渦巻く双眸に意識ごと縫い留められ、思わず千景は息を呑む。

「けど、それだけじゃない……。貴方の美しさは麻薬に等しい。阿片のように禁断の快楽を齎すことで僕を、どうしようもない劣情の中毒にしてしまった――僕はもう、貴方に抱かれなければ執筆をする事も、それどころか日常生活すらままならない身体になってしまったのです」

彼が強烈に実感し、そして千景自身も身に染みているそれは、紛れもない「支配」と「依存」であった。
嗜虐の欲望に従うまま、千景はこの二流小説家を無遠慮に弄んでいたのだが、結局のところ気付けば千景自身もまた、彼が悦楽から逃れられなくなってしまったように、眼前の男を抱き、それを文学という形に昇華させる悦びにすっかりと取り憑かれていたのだろう。
果たして本当に囚われてしまったのは、彼か、それとも自分自身か。

「……その貌も、決して見飽きる事がありません。まるで西洋にて創られた彫刻のように端正な貴方の表情から、少しずつ獰猛さが滲み出していく様が、僕をどうしようもなく惹きつけるのです」

続け様、宗一郎から繰り出された口付けは、徐々に過激さを増していく律動に反して酷く稚拙で初心だった。
それが倒錯した愛情だと薄っすら悟ったその瞬間、限りなく愛しさに近い、快いとも不快とも判別のつかない歪んだ衝動が込み上げてくる様を、千景はどこか他人事のように実感していた。