幽霊×強気な女の子2

朝、目が覚めたその瞬間に下腹を擦るのが癖になっていた。
お互いの体質にも依る故、そう簡単には事が運ばないとどこかで理解はしていたものの、それにしてはその兆しがあまりにも見えず、朝陽が昇ると共に私はどこか落胆を覚え、なぜ、どうしてと途方に暮れるのであった。
あれ以来、幾度となくタカヒロと身体を重ねてきたはずなのだが、次第に腹の底で肥大していくこの虚しさはなんなのか――原因を突き止められぬまま幾日が経ったあくる日、タカヒロが教会から姿を消したのだ。
逢瀬はいつも、夜か更けてからだった。
神父服に身を包んだ背中はいつも、何かに祈りを捧げており、私はその一途な後姿がとても気に入っていた。
押しが少々弱いところも、困惑したような控えめな微笑も、躊躇いがちに私の肌を滑る少し冷たい指先も、すべてが愛おしく、切ない。こちらの想いは募るばかりだというのに、どうして。
窓から差し込む日差しを拒絶するように、私は再び瞳をゆっくりと閉ざし、消えた男の姿を求めて闇の中を彷徨い、漂った。
瞼の裏に、男の後姿が蘇る。月の光に照らされて輝くステンドグラスの下、熱心に祈りを捧げる大好きな背中――堪え切れずに、手を伸ばす。だが、指先は宙を掻くだけで届かない。
思わず、叫んだ。気付いて欲しくて、彼の名を。しかし、振り絞ったはずの声も静寂に掻き消され、ただ一人、私は妄想の中に取り残されてしまう。

「……ああ、もう!」

堪え切れず、私は夢の中でタカヒロの姿を探す事を諦めた。
手を伸ばし、苛立つ指先でカーテンを開ける。頭上には、憎たらしいほどの晴天が広がっていた。
青空の下では、あの男には会えない。だから太陽は嫌いなのだと嘆息したその時、ふと思いつく。
そういえば昼間に教会を訪れた事がなかった、と。いつも情事を行うのは人気のない深夜だった故、日中に訪れようという発想がそもそもこちら側にもなかったのだが――あの男に会えるのならば、例え肌が重ねられなくとも心の靄を晴らす事が出来るだろう。
男との逢瀬が始まって以来、すっかり昼夜逆転してしまった私にとって日中の活動は億劫で仕方がなかったが、背に腹は代えられない。
ようやく腹を括った私はゆっくりとシーツの中から抜け出すと、クローゼットから取り出した適当なワンピースに袖を通し、朝食もろくに摂らないまま家を出た。
燦々と地上に降り注ぐ日差しが恨めしくて仕方がない。思わず目を細め、眉根をきつく寄せてしまう。
しかし、教会までの道のりはそう遠くはない。タカヒロの姿を確認したら、逢瀬の約束を手早く取り付けてこのもやもやとした気持ちに蹴りを付けよう。
自然と、歩みが速くなる。どうやら私は自分が思っている以上に、焦燥感を抱いていたようだ。
はやる気持ちに誘われるまま、私はひたすらに歩を進め、あの男が待っているであろう教会へと急いだのであった。



重い木製の扉を、ゆっくりと押し開ける。
拓けた視界の向こう側、そこには夜更けに訪れるのとはまた別種の温かな静寂が満たされていて、天窓から差し込む陽光は慈悲深い母の眼差しの如く優しかった。
そんな中、祈りを捧げる男の後姿が一人。だが、しかし――それがあの男の背中ではないということは、一目で検討がついた。
線が細く、いやに薄いその後ろ姿は晩年の神父であろう。

「あの……」

そっと近づき声を掛けると、神父は間をたっぷり置いた後でこちらを振り返り、穏やかな微笑をもって私を迎え入れてくれる。
タカヒロとはまた別種の、優しい表情であった。

「礼拝ですか? それとも告解室を開けた方が宜しいかな」
「いえ、そうじゃなくて……」

尋ねたい事があると話を切り出すと、神父は柔和な表情を浮かべたまま、私に長椅子への着席を促した。

「つかぬことをお聞きしますが……」
「はい、なんなりと」
「……タカヒロ・タケダさんのこと、知っていますか」

瞬間、神父は瞠目する。
そしてしばらくの間を置いた後、どこか懐かしげな、それでいて切なげに双眸を細め、ゆっくりと口を開き、衝撃の事実を告白した。

「懐かしい名前だ。彼が亡くなってから、どれくらい経ったか……」
「……え?」
タカヒロ・タケダはこの教会で神父をしていた男です。が、もう何十年も前にこの世を去ってしまってね。彼のことを覚えている人間も、随分と少なくなってしまいました」

――タカヒロは、既に死んでいた?
そんなはずはない。だって私たちは、この教会で幾度となく逢瀬を重ね、あんなにも熱く混じり合っていたというのに。
あの熱も、肌の感触も、すべては幻ということなのだろうか。

「まさか貴女のようなお若い方が彼を尋ねてくるとは驚きでした。差し支えなければ、どういったご関係あ教えて頂いても?」

神父に尋ねられ、思わず答えを窮してしまう。
一体、私とタカヒロはどんな関係だったというのだろう。
夜ごと身体を重ねるだけ――そんなふしだらなやり取りを正直に説明出来るわけもなく、私は俯き、唇を噛んだ。
だが、快楽を求めるだけならば、なにもタカヒロだけが相手でなくとも良いはずなのだ。にも関わらず、私は彼の存在にここまで執着し、彼が既にこの世の者ではなくなってしまったと告げられた今も尚、あの背中に追いすがろうとしている。
私は、最終的にタカヒロとどうなりたかったのだろう。
答えを出せぬまま、私はただ沈黙の中で彷徨う事しか出来なかった。



タカヒロが眠っているという墓地は非常に広大で、探索には時間を要した。
日数をかけて、ひとつひとつ墓石の名前を辿っていく。早く彼の元へ辿り着きたいと願う反面、どうかこのまま見つからないで欲しい、男の死に直面したくないという気持ちも沸き上がり、足取りは重くなるばかりである。
そうして何日、歩き続けただろうか。
夜もとうに更けた頃、遂に私はそれを探し当てる事に成功した。
――タカヒロ・タケダ。ここに眠る。
刻印された文字を指先でゆっくりと辿れば、ぞっとするような冷たい感触が肌を駆け抜けた。
同姓同名の可能性も捨てきれないわけではない。やはり何かの間違いなのかもしれない。
ようやく目的の墓石を見つけたというのに、どうしてだか現実を逃避するような考えばかりが浮かんでは消えていく。
誰かに否定して欲しかった。彼の死を。
誰かに肯定して欲しかった。今まで過ごした日々が夢幻なんかじゃなかったということを。
だが、そんな些細な願いも打ち砕かれる事となる。
――ほかでもない、タカヒロ自身の唇によって。

「……お前も、泣くことがあるんだな」

いつの間に現れたのだろう、墓石の向こう側、真正面に彼は立ち尽くしていた。そして同時に気づく。自分がその場で泣き崩れていたということを。

「ずっと黙っていて悪かった。騙していたわけじゃない。ただ、言い出せなかっただけだ」

言いながら彼は、涙に震える私の身体を躊躇いがちに、だがしっかりと抱きしめながら弁解を続ける。

「遅かれ早かれ、こうなることは分かっていたんだ。出会った時に打ち明けるべきだった。そうすればこんな事には……」

私は、憤慨するべきなのか。それとも、今更そんなことは言わないでくれと縋るべきなのか。なにも言い出せないまま逞しい胸に顔を埋めていると、ふと風が凪ぐ。
ぴたりとすべてが制止した空間に満たされる、ひんやりとした感触。
それは、紛れもない死の匂い。この世の者ではない形を成さぬ存在たちが蘇るような予感を覚え、思わず私は男の胸により一層強くしがみついた。

「……場所が悪いな。こっちへ来い」

恐らくこの場所には、タカヒロ以外の〝魂〟も多く徘徊しているのだろう。
誘われたのは墓地の片隅にある小さな小屋だった。古びてはいたものの、管理者の手入れが行き届いているのだろう。中は整理整頓がされており、あばら家じみた香りは一切ない。
ふと視線を上げると、タカヒロの戸惑いに満ちた双眸とかち合った。薄く開かれた唇はこちらに掛けるべき言葉を探しているのだろう。それならばと私は口を噤むと、彼の顔を見上げながら、じっとその時を待つ。

「……リン」
「うん」
「いきなり居なくなって悪かった」
「……うん」

なぜ居なくなったのか。そんなことを今更聞いたところでどうにかなるものでもない。
私が聞きたいのは「これから」についてなのだ。

「本当に死んじゃってるの? アンタは本当に、幽霊なの?」

尋ねれば、タカヒロは気まずげに目を伏せながら、こくりと小さく頷いた。

「おかしいとは思ってた。だって、あれだけ避妊もしないでアンタのこと受け入れ続けてきたのにさ」

無意識に私は自らの下腹を掌で擦る。

「そりゃそうだよな。だってアンタは死んでるんだもん。どうあがいたって子供なんかできるはずない」
「……すまなかった」

タカヒロもまた、私の下腹に視線を落とし、気まずげに眉根を寄せていた。
死からは決して産み出されることのない生命に想いを馳せているのだろう。やがて彼の表情は今にも泣きだしそうなほどに歪み始め、痛々しいことこの上ない。
――確かに、彼と愛し合った証を遺せない事実は残念に思う。
だが、それでも……。なにを生み出す事も出来なかったとて、私はタカヒロの傍に居たいと思ってしまったのだ。
終わりにしたくない。例え彼がこの世に留まる魂だとしても、それでも肌を重ねることが出来るのであれば、このまま傍に居て欲しかった。

「いいよ、別に。子供なんていらないから」

言いながら私は、タカヒロの胸を突き飛ばした。
バランスを崩し、彼が床に尻餅をついた隙を狙ってその身体に伸し掛かる。

「その代わり、ずっとこうしていられるなら結婚だとか子供だとか、そんなものいらない。だから、もう二度と私の元から急にいなくならないでよ」

噛みつくような口づけを贈ると、タカヒロはぴくりと小さく肩を揺らし、躊躇いがちに私の腰へと逞しい腕をゆっくりと回した。

「……いいのか、本当に」

それは優しさか、臆病か。未だタカヒロは自らの境遇に負い目を感じているようである。
私としては、もうそんな事どうでも良かったのに。
今まで通り、肌を重ねられるのであれば生き死になど些末な問題だった。今更なにが変わるわけでもない。
半ば自棄のような思いで私は自らの服を一枚ずつ、急いた手つきで剥いでいく。タカヒロの方といえば、私に組み敷かれたまま戸惑いの表情を浮かべるばかりであった。

「お、おい……」
「なんだよ」
「いいのか? その、俺とまたこんなことをして……」

この期に及んで何を言い出すのかと思えば、と。
そんな男の優しさが嬉しい反面、歯がゆくて仕方がない。

「いいに決まってるだろ。なんの為にアンタを探してこんなところまで来たと思ってんのさ」

逞しい背中に腕を回して引き寄せ、もうこれ以上、問答は御免だと深い口付けを強請れば、ようやく観念したのだろうか、タカヒロは狼狽に満ちた双眸をそっと伏せると、薄い唇を軽く開いて、こちらのキスを受け止めた。

「ン……っ」

啄むような動きを何度も繰り返しているうち、爪先からこみ上げてくるのはチリチリとした悦楽のパルス。
差し込んだ舌先がくちゅりと音をたてたその瞬間、沸き上がったのは決して一人遊びでは得られることのない熱だった。
目の前の男が実体を持たない亡霊であると、誰が信じられるだろう。

タカヒロ……」

肉体が消えてしまわぬよう、縋りつくように背中を掻き抱き、より高く心身を焦がすような熱を求めて口腔内を舌先で弄った。

「……ッ」

上顎を尖らせた舌先で突いたその瞬間、ぴくりとタカヒロの肩が跳ね上がる。
幽霊にも性感帯があるのだと改めて認識すると、なんだか奇妙な気分になってしまい私は思わず唇を離してしまい、堪え切れずにくすくすと笑い声を零してしまった。
ちょっとした刺激に反応してしまった己の体たらくをからかわれたとでも思っているのか、見下ろした男の顔はやや不服げであったが、そんな表情もまたいやに人間らしくて微笑ましい。
大丈夫、これなら愛し続けていける――。今度は彼の頭を自らの胸元へ抱き寄せながら、改めて想いを確認した。
死が私たちの関係を分かつことはない。いつかタカヒロの肉体が黄泉に還るその日まで、こうして触れ合えるのならば他には何も望まなかった。

「あ……っ」

ふと、胸元に滑る熱っぽいなにか。何事かと視線を下ろしてみれば、いつの間にか下着のホックを外していたタカヒロが自らの唇を私の乳房へと落とし、痕を残したいのだろうか、至る所に吸い付いては鬱血を散らしていく。
やがてその唇はスライドしていき、ゆっくりと、乳頭の先を口に含んで吸い上げた。
チリチリとした、妙に切なく緩い刺激が爪先まで波状する。
思わず腰が捩れた。焦れったいような、微かな愛撫にじわじわと劣情が腹の底からこみ上げて来て、ふいに零れる嬌声も上擦ってしまう。
控えめな愛撫から始まる久々の性交が、心の底から嬉しかった。
常であれば壊れ物を扱うような愛撫に焦れて更なる熱を求めてしまう私であったが、今日はタカヒロの優しさを、そして体温を、じっくりと味わいたい気分だったので急かすような真似はしない。
乳頭から走る痺れに酔いしれながら、組み敷いた身体の下、鼠径部の辺りに感じるタカヒロ自身が徐々に膨らむ感触に酔いしれながら、私は徐々に煩悩へと呑み込まれていった。

「……ッ、リン!」

衣服越しに大きく屹立したタカヒロの熱に太腿を擦りつけるような動作を繰り返していると、彼は小さく抗議の声をあげる。

「ン、なんで……? 気持ちいいだろ」
「集中、させてくれよ」
「はは、ごめん。でもコレ、私も気持ち良いから……」

布を大きく押し上げている亀頭の先端が陰核を擦るたび、甘い痺れが駆け抜けた。

「あ、は……っ」

捩れる腰が、徐々に重く沈んでいく。
乳頭に未だ吸い付いているタカヒロの舌先も、心なしか更に熱を持ったようだった。
自然と愛撫にも拍車がかかっていき、私たちは互いに悦楽の波へと呑み込まれる事となる。
そのうちに堪え切れなくなって、私は腰を浮かし、スラックスの中からタカヒロのペニスを直接取り出すと、それを強く握り込み、じっくりと熱を育て上げるように根元からゆるゆると扱き始めた。

「……っ、は……」

耳元で、湿った吐息が零される。
享受している快楽を隠し切れないその仕草に、堪らない歓びを感じてしまった。

「ン、ふぁ……ッ」

緩く扱き上げるたび、赤く染まった耳朶を食まれる。より一層の悦楽をねだられているようで、愛しかった。
そして同時にこうも思うのだ。握り込んだ性器はこれほど滾っているというのに、どうして彼はこの世にいないのだろう、と。

タカヒロ……」

いつまでこうして肌を重ねていられるだろうか。
だが、しかし。直接それを彼自身に尋ねる勇気はなく、私は唇を噤んでしまう。

「気持ち良い? イキそう? 我慢なんてするなよ、全部出していいから。何回でも相手になってやるから……」

消えない不安を払拭するように、愛撫の手つきを強めていく。
掌の中で、ドクドクとペニスが脈打った。瞬間、耐えかねるように口をぱくぱくと開いていた亀頭の先から何度かに分けて精液が放出される。
それを私は何の躊躇いもなく唇を寄せてすすり上げた。

「おい、そんなことしなくていいから……!」

タカヒロは非難するような答えをあげながら私の下顎をそっと掴んだが、気にすることはない。私がそうしたかったのだ。私が、タカヒロの身体から吐き出された熱を味わいたかっただけなのだから。

「ま、そんな美味いモンでもないけど」
「……だったら、もう余計な事はするな」

呆れたようなタカヒロに腰を抱き寄せられたかと思うと、遂に指先が下着の内側へと潜り込んでくる。

「あ……ッ」

指の腹で表面を柔く撫でられたその瞬間、脚の狭間からくくちゅりと淫靡な水音がした。
今にも溢れ出しそうな蜜は、期待の証。そこを掻き回して欲しくて仕方がなかったのだ、私は。
やがて表面を撫でていた指先が、ゆっくりと膣の中へ埋め込まれていく。恥ずかしながら、思わず挿入されたそれを更なる奥へ誘うように締め付けてしまった。
自らの浅ましさが露呈してしまったようで背徳に苛まれたが、今更自らの欲望を止めることなど出来なかった。早く、決定的な快楽が欲しい。

「ン、あ……ッ! タカヒロ、奥……っ、届いて……」

沈んだ指先が辿り着いた場所は、タカヒロと身体を重ねるまで知らなかった性感帯の一つだった。
タカヒロに暴かれたそのウィークポイントを突かれるたび、私は私でいられなくなる。劣情に取り憑かれて、愚直に快楽だけを追い求める獣と化してしまうのだ。
収縮する襞を、鉤を作った指の腹で掻かれた瞬間、鋭い痺れが全身へと駆け巡り、脳髄さえも溶かしていく。
肌が蕩けるほどに甘くて、切ない。男の腰に跨る両脚が震え、腰が思わず頽れた。

「……っ、大丈夫か? 倒れるなよ、しがみついてていいから」

がくがくと全身を震わせて快楽を享受する私の様子に不安を覚えたのか、私の腰に腕を回し、支えながらタカヒロが囁いた。

「ン、もっとして……。大丈夫だから……ぁっ」

しがみつきながら愛撫の続きを強請れば、呆れたような溜息が耳元で小さく零される。ここまで的確に私の性感帯へと触れておきながら相変わらず消極的な態度であったが、原因はやはり自身の境遇を負い目に感じているからなのだろうか。
もし、彼が生きた人間だとしたら――もっと情熱的に、もっと貪欲に、私の身体へと溺れてくれたのかもしれない。
本当に馬鹿な男だった。一人で抱え込んで、悩み苦しんで、自身の欲望を押し殺すなんてあまりにも愚かであると私は思う。

「足りないよ、こんなんじゃ……。もっと、私を求めろよ……ッ、タカヒロ……!」

叫ぶように強請れば、僅かな間を置いた後、内壁を掻く彼の指先は多少、動きを強めたような気がした。
粘液を掻き回すようにゆっくりと、大きく。すっかり熱くなった膣内はこのままいくとドロドロに溶けてしまうのではないだろうか。それくらい気持ちが良かった。だが、まだ何か足りないような気がして、私は自らもはしたなく腰を振って更なる悦楽を求めてしまう。

「あ、あァ……っ、もぉ……!」

差し込まれたタカヒロの指が発火するような錯覚を覚える程、下腹は熱く滾っていた。
やがて腰が上擦り、両脚が自重を支えきれずに震えだす。

「あああっ……」

瞬間、腹の底で何かが弾けた。それが絶頂だと気付いたのは、数拍も後のこと。頭の芯が、ドクドクと脈打っている。思考はぼんやりと霞が掛かったようで、はっきりとしない。

「……大丈夫か?」

熱い掌で頬を擦られ、ようやく焦点が戻ってくる。
顔を上げれば、タカヒロの不安げな表情。またそんな顔をして、どうしてこの男は私に溺れてはくれないのか――。

「大丈夫だから、早く挿れろよ……」

再び頭を擡げ始めたタカヒロのペニスを緩く扱いて、挿入の準備を強引に促してみる。

「……ッ、あまり急かすな。そんなに慌てなくてもいいだろう」
「なに言ってンの。アンタ、どうせ朝になったらいなくなるんだろ」

たった一晩の逢瀬。次から次へと沸き起こる私の欲求を満たすには、あまりにも短すぎる時間だった。

「私の中に、アンタをいっぱい残してよ。どうせ妊娠はしないんだから、責任問題にもならないし……。ビョーキになる可能性だってなさそうだしな」

にやりと口端を歪めながら言い放つと、タカヒロはやれやれと露骨に表情を歪めて緩く首を左右に振り、大袈裟なまでに肩を落として呆れてみせた。

「まったく、お前は……。どうしてそんな無神経な言い方をするんだ」
「別に、間違ったことは言っちゃいないだろ? そっちこそ、カッコつけてないでさっさとコレ、挿れてくれよ」

タカヒロの根元を掴んだまま、私は腰を軽く上げた。

「ン、いくよ……」

膣口に先端を押し当て、しばらくそのぬるぬるとした感触を楽しんだ後、膝を折り、私は再び固さを取り戻したペニスをゆっくりと自らの性器の中へ受け入れていった。

「んァ、っ……。あ、入って、る……!」

肉壁を押しのけて、硬くしこった亀頭が奥へと沈んでいく感覚は何度味わっても堪らなかった。
灼熱の楔に下腹を貫かれるたび、喜びが沸き上がると同時、どうしてだか泣きだしたいような気分に陥り、だだをこねる子供のように過激な要求を繰り出したくなってしまうのだ。

タカヒロも……ッ、動けよぉ……っ」

広い背中にしがみつき、激しい律動を繰り返しながら更なる摩擦熱を求めると、耳元で何かを堪えるような溜息が一つ零される。

「落ち着け、ってば……。俺は、どこにも行かないから」

もっとゆっくり、お前の中を堪能したいと囁かれるも、なにを焦れったいことをと私はタカヒロの要求を一蹴する。

「……ッ、ダメだ。そんなの嫌だ……。もっと、もっと私のこと欲しがれよ。私の中に全部出せよぉ……っ」

瞬間、力強く穿たれる。

「あ……ッ、く……っ」

息が詰まって、瞳孔が開く。あまりの衝撃に、意識を飛ばしそうになる。けれど、これこそ求めていた快楽だった。
奥の奥まで、愛しい男を迎え入れる事が出来ているという歓びは何事にも代えがたく、あまりの嬉しさに鼻腔の奥がツンと痛む。もしかすると、私は既に涙を流していたのかもしれない。

「ン、あ……っ! タカヒロ、いい……、それ……!」
「……ッ、お前はどうしていつも……っ」
「あ、ァ……、だめ、抜かないで……。もっと、欲しい」

このまま最奥まで貫いて、すべてを曝け出したかった。
私のすべてを、この男に見て欲しい。そして、いつかこの男のすべても手に取って眺めてみたい。いつしか私はそんな願望を抱くようになっていた。

「はァ、っ……、熱い……。熱いよ、タカヒロ……!」

自らの煩悩を止められなくなってしまった腰が浮き沈みを繰り返すたび、やがて結合部からはぐぷりと淫猥な水音がたち、お互いがどれだけ快楽に濡れそぼっているのかを赤裸々に表現し始める。
言わずもがな、私の膣内はもはや潤いきっていて、洪水がの如く愛液を太腿へと滴らせるまでに湿っていた。
タカヒロの方もどうやら絶頂を堪えているようで、子宮口を抉る亀頭の先端からは先走りがとめどなく零れ落ちているのが分かる。
――嬉しかった。タカヒロと快感を共有出来ているという事実が。
その饒舌な反応を、言葉にして伝えてくれればより良かったのに。

「んん、っ……、はぁ、ン!」
「リン……ッ、もう……」

私の名を呼びながら、タカヒロが汗に濡れた頬を摺り寄せる。
どうやら限界が近いらしい。彼の腹筋が何かを堪えるかの如く、びくりびくりと脈打っているのが肌越しに分かった。

「このまま、中に出して……っ」

すべてを注ぎ込んで、そのまま掻き回して、永遠にタカヒロの熱を腹の中へと留めておきたかった。
そうすれば、彼の存在を、熱を、共有した悦楽を、忘れずに済むと思ったからだ。

「奥に出して、全部……っ、欲しいから……!」
「……っ、あまり煽るな」

乱れた呼吸交じりに、余裕を失くした低音が耳元で囁く。
ああ、タカヒロも絶頂が近いのだ。

「んああッ、出して……。欲しい、はやく……っ」

繰り出される律動に合わせて腰をずぶりと沈めれば、脳天を貫くような悦楽が背筋を駆け巡り、思わず私はタカヒロの胸元へと倒れ込んでしまった。
――もう、動けない。貪欲に快楽を求め過ぎた結果、不覚にも私は全身が痙攣するほどの鋭い衝動に貫かれ、身動きが取れなくなってしまっていた。
そして追い打ちをかけるように、タカヒロの楔が子宮口へと潜り込む。瞬間、下腹がじんわりと温かくなるような感覚を覚え、無意識のうちに涙が流れた。
ずっと求めていた熱である。本来であれば次の生命を生み出す為の白濁――だが、しかし。タカヒロのそれはただ私を悦ばせるだけの飛沫でしかなかった。

「……あつい。腹の中……。アンタので、いっぱいだ」

そこを擦りながら満足げに呟けば、荒い呼吸を必死に整えていたタカヒロの表情が暗がりの中でも分かるほどみるみる赤く染まっていく。

「お前ってやつは、どうしてそういう事ばかり……!」

はしたないだの、ムードが台無しだの、早口で捲し立てられたがどうということはない。彼は、単に照れているだけなのだ。
いつになったらこの男は、自分と同じくらいの劣情をこちらに向けてくれるのだろうか。
私は知っている。タカヒロの中にも、衝動が隠れていることを。
それを見せまいと必死に取り繕っているが、既にそれは目の前に見えているのだ。曝け出せば楽になれるのにといつも思うが、私がどれだけ焚きつけたところで彼は頑なに自らの煩悩を喉の奥へと呑み込んでしまう。

「ムッツリスケベのくせに、今さらなに言ってんだか」

頬を撫でながら笑い飛ばすと、こちらに向けられた双眸があからさまな動揺を浮かべた。
なにか反論をぶつけようと開かれた唇は、はくはくと開閉を繰り返すのみで肝心の言葉が出てこない。口論では敵わないという事を無意識に自覚しているのだろう。なんとも不器用な男だった。

「……いつか、絶対に言わせてやるよ。私が欲しくて堪らないってね」

そして際限なく求められたかった。私の方からではなく、今度はタカヒロから、強引に。
前途は多難であったが、時間はいくらでもあるのだ。
自らの一生を懸けてでも、必ず虜にしてみせると胸のうちで誓いながら、私は赤く染まったタカヒロの頬へ唇を柔く押し当てたのであった。