一人称俺系女子×敬語女子

「あ、っ……。はァ……」

ぴたりと肌に張りついたスラックス越しに恐る恐る触れたそこは、既に湿り気を帯びていた。
爪の先で軽く引っ掻けば、ずくりと膣が――否、もっと深い場所、子宮が甘く疼くような感覚を覚え、ミカは早くも吐息を乱し、シーツの波へとその肢体を投げ出すように横たわる。
現在、彼女の脳裏に浮かべられているもの。それは、視界に入れた者すべてを力強く射抜く紫紺の双眸。そして、一文字にきゅっと結ばれた小ぶりの唇であった。
――後で、俺の部屋に来るか?
すれ違いざま、そんな誘惑をふいに受けた。
良い茶葉と菓子が手に入ったので共に楽しもうという、所謂アフタヌーンティーへの誘いだったのだが、その中に不埒な香りを嗅ぎ取ってしまったミカは堪え切れず、熱を持て余したベッドに身を横たえ、こうして想い人である彼女――アイリの腕に抱かれる妄想に耽りながらの自慰行為に没頭していた。

「ンンっ」

この後、茶会が控えている故に衣服を汚すわけにはいかなかった。
だが、しかし。うずく陰核に下着やスラックスの布地が擦れるたび、じわじわとそこから快楽の証である愛液が滲み出していくのが分かる。
はしたないとは自覚しつつも、ミカは自らの手を止める事が出来なかった。

「あ、だめ……ッ、止まら、ない……!」

妄想の中でミカは彼女へとベッドに組み敷かれ、豊満な乳房に顔を半ば埋もれさせながら手淫を施されている。
女性らしさを感じさせぬ言動で普段は皆を取り仕切っている彼女であったが、その体つきと根底に秘めた心は、誰よりも女らしく、そして艶やかだとミカは思う。
揶揄するような口調でこちらの乱れる様を指摘しながら、きっと彼女はそのうちにキスを与えてくれるはずだ。
無意識に自らの唇を舌先で湿らせながら、ミカは己の身体を幼子のように小さく丸め、指の腹で膨張を始めた陰核をゴリ、と強く押し潰す。
呼吸を奪い合うような激しい口付けも悪くはなかったが、今回は口腔内をじっくりと溶かすような優しく甘いキスがいい。
ミカは左手を自らの口元へ寄せると、夢想の中の口づけに合わせ、指の股や爪の先へ舌をねっとりと絡めていく。
先を含んで、粘膜の壁で擦り、唇を引き絞りながらゆっくりと糸を引きつつ指先を抜いていく。
あの白くしなやかな指先に、口淫を施すことが出来たら、と。
次から次へと沸き上がる妄想は、留まるところを知らなかった。

「あ、ンぅ……」

緩やかに昇り詰めるように、絶頂が近づいてくる。

「アイリ、ああっ!」

縋る様な声音で思わず叫んだ、その時だった。

「……俺を呼んだか? ミカ」

背後から、この淫靡な空間に似つかわしくない凛とした声音が突如呼びかけてくる。
慌てて陰核を擦る手を止め、ベッドへとその身を横たえたまま振り返ると、豊満な乳房の前で腕を組み、仁王立ちする想い人――アイリの姿がそこにはあった。
一体、いつからそこで自分の痴態を見守っていたというのだろう。
そしてなぜ自分は、彼女の気配に気づけなかったのだろう。

「折角、茶会に誘ったというのに……。いつまで経っても姿を現さないから様子を見に来たら、こんな事になっていたとはな」

見下ろす視線は鋭く冷めていたが、薄い唇は実に楽しげな様子でにやりと弧を描き、ミカの痴態を堪能しているようにも見える。

「あ、あ……っ」

見られてしまった、こんなにもはしたない姿を。よりによって彼女に。
なにか言い訳をしなければと口を開いてはみたものの、そこから零れるのは嬌声交じりの掠れた呻き声のみで何の弁解もする事が出来なかった。
せめて淫靡に溶けた自らの肉体を隠そうとミカはその身を小さく丸めてみせたのだが、ふとアイリは胸の前で組んでいた腕を解くとそのまま歩を進め――あろうことか、ベッドへと強引に乗り上げた。

「まったく、しょうがない奴だな」

背けた顔に唇を寄せ、アイリが苦笑交じりに囁く。

「俺との茶会より、自慰の方が楽しかったのか?」
「……ッ、ちが、ちがいます……っ!」
「何も違わないだろう。こんなに身体を熱くして、俺が部屋に入って来たことすら気付かなかったじゃないか」

寝乱れたミカの金髪を、しなやかな指先がその形を辿るようにそっと撫で上げながら、体温を確かめるかの如く頭皮に指を差し込んでくる。

「ホラ、こんなにも熱い」
「んあ、ァ……っ」
「酷い女だな、お前は。俺との約束を忘れて、ひとりで楽しんで」

――妄想の中の俺はそんなにも善かったのか?
赤く染まった耳朶を食みながら、殊更意地の悪い台詞を彼女は囁きかけてくる。

「なあ、ミカ」

掠れた声と共に、鼓膜のすぐ側でぴちゃりと唾液の滴る音がした。

「……このまま、ひとりで続きをするのか?」
「う、あ……」
「ミカも、俺にされたいか……。特別に選ばせてやろう」

傲慢な物言いは、実質選択肢を与えてなどいなかった。
この期に及んで、自慰など続けられるはずもない。彼女自身に肉体を拓かれたい――それはミカ自身の望みでもあり、アイリ自身の野望でもあるのだ。

「……して、ください」
「ん? 聞こえないな」
「アイリに、して欲しいです……っ」

言いながらミカは仰向くと、縋るように彼女の首へと腕を回し、この火照り切った身体の熱を冷ましてくミカ恥も外聞もなく求めてしまう。

「お茶会をすっぽかしてしまったのは、すみません……。でも、我慢できなかったんです。あなたと二人きりになれると思ったら、なんだか火照ってきてしまって……」
「だから一人で楽しんでいたのか? 薄情な女だな、ミカは」

彼女は縋りついてきたミカの背中を柔く抱き留めながら、わざとらしく肩を竦めつつ大袈裟な溜息を一つ零してみせた。

「恋しくなったのなら、すぐに俺を呼べばいいだろう?」
「で、でも……」
「はしたないと思うか? だが、自慰に耽っている方が、よっぽどはしたなくていやらしいな」

ふと、しなやかな冷たい指先が、太腿の隙間へと滑り込んでくる。
そして最終的に辿り着いた先は、濡れそぼるスラックスの股下であった。

「随分と染みているな。まさかこんな姿で茶会に顔を出すつもりだったのか?」

意地悪く囁きながら指先が、湿った布地をつっと引っ掻く。
瞬間、痺れるような快楽が爪の先から駆け上がり、ミカの全身を大きくびくりと痙攣させる。
疼き続けた陰核が、待ちわびた想い人からの愛撫を受けてより硬く、そして大きくしこり始めたのが、下着越しに触れずとも分かる。

「っ、あ……。ごめん、なさい……!」

本当は、ここまで自慰に没頭するつもりはなかったのだ。
突発的にこみ上げてきた熱を、茶会までにほんの少し冷ますことが出来ればと思い衣服越しの自慰を楽しんでいたのだが、そのうちに弄ぶ指先を止められず、遂には下着やスラックスへと愛液を滴らせるほどに感じ入ってしまったのだ。
妄想の中で、彼女はミカ自身の粘膜に潜り込み、しなやかな指先を器用に蠢かせて何度も絶頂へと導いてくれた。
甘い言葉を囁きながら、全身がぐずぐずに蕩けて姿形を留めておけなくなるほどに――そう、何度も。
だが、現実として現れた彼女はというと、意地の悪い言葉でミカの痴態を揶揄するように詰りながら、柔い愛撫をただ繰り返しているのみである。
徐々に膨らみ始めた陰核の感触を楽しむように、そして確かめるような慎重な手つきで、決定的な悦楽は決して与えてくれない。
どうすればいい。なんと強請れば、彼女は許してくれるのだろう。

「アイリ、ごめん……っ。私が、悪かったからァ……っ」

もっともっと、優しく、激しく抱いて欲しかった。

「自分が悪かったと認めるんだな。だが、お前は自分のどこが悪かったのか……。ちゃんと説明が出来るのか?」
「ああっ」

随分と意地の悪い言葉遊びを仕掛けてきたものである。
が、しかし。そんな彼女の態度を非難するよりも、ミカは決定的な快楽が、アイリから与えられる強烈な刺激が欲しかった。

「んあ、お茶会……。すっぽかして、ごめんなさい……!」
「どうしてすっぽかしたりしたんだ? 俺はずっとお前を待っていたというのに」
「ン、ぅ……。我慢が、出来なかったんです……っ」

二人きりになるのを待ちきれず、自慰に耽ってしまったとほとんど泣き喚くように白状すると、アイリは殊更に口端をにやりと楽しげに歪め、スラックス越しの愛撫がほんの僅かその勢いを増した。

「他に、なにか謝ることは?」
「あ、こんな……っ。こんなはしたない姿を見せてしまって、すみません……。貴女でいらやしい想像をしてしまったこと、許してくださいっ」

ここまで惨めな姿を曝したのだ。さすがに彼女も満足するだろうと踏んでいたのだが、

「……駄目だ、まだ許してやれない」

微笑を象る唇から告げられた言葉は、実に残酷なものだった。

「折角だから、今ここで……。続きをしてもらおうか」
「えっ?」
「俺のことを想って自慰に耽っていたのだろう。折角だ、見守っててやるから達するまでやってみろ」

本人を目の前に、自慰を続けろと言っているのか。
瞬間、ミカの白い頬に興奮とは別種の、羞恥からくる朱色が走る。

「どうした、見せてくれないのか? あんなに気持ちよさそうにしていたじゃないか。ほら、お前の善い場所、脚をこっちに開いて見せてくれ」
「あ、う……」

ここで嫌だとかぶりを振っても、恐らく事は解決しないだろう。
しばしの逡巡の後、ミカはその身を起こすと、促されるままおずおずと両脚を開き、再びそこへ自らの人差し指をゆっくりと沈めていく。
――視線が、突き刺さる。
抉るような鋭い視線が、自らの指を咥え込んだそこへ注がれているのが顔を上げずともひしひしと感じられた。
もはやそれは、触れない愛撫。所謂、視姦というやつだった。
射抜かれるたび、疼くのが分かる。その疼きを解消したくて挿入した指をでたらめに掻き回すと、ビリビリと爪先まで電流のような快楽が駆け抜ける。

「あああっ、ァ……!」
「可愛いな、ミカ。そんなにそこを濡らして……」

やがて視線のみならず、言葉さえも欲情を掻き立てる種と変わり、ミカの心身を追い詰めた。
気持ちが良くて、堪らなかった。

「だめ、です……っ! このままじゃ……」

爪先がシーツの上、ぴんと伸びたまま痙攣を始める。
このままでは、彼女が見守る中ではしたなく達してしまいそうだった。

「……手を止めるな、続けろ」
「っあ……。どう、して……!」
「上手に一人でイケたら御褒美をやろう。俺が欲しくないか?」

寄せられた唇から零れた甘い吐息が、じくじくと、鼓膜へ染み入りミカの残りわずかとなった理性すら徐々に浸食する。
――アイリが、欲しい。どれほどの悦楽が得られようとも、やはり自慰だけでは心が満たされないのだ。
眼前にぶら下がった褒美にありつきたい一心で、ミカは突き入れた指先の抜き差しを無我夢中になって繰り返し、時折、親指の腹で陰核を擦って頂へと昇りつめていく。

「んあ、はァっ」

ふと、指を動かしたまま視線をそっと上げてみる。
瞬間、交わった視線のあまりの熱っぽさに驚いた。

「イけ、ミカ。俺を思いながら、達してみせろ」

そんな囁きが合図となり、ミカの爪先が大きく跳ね上がる。

「あああっ、ァ、んあァ!」

下肢が何度もビクビクと痙攣を繰り返し、同時に真っ白なシーツを滴る愛液でたちまち汚していく。

「は、ン……」

凄まじい脱力感。そして未だ子宮の奥に残る、じくじくとした快楽の余韻。
ああ、自分は絶頂してしまったのかと一拍置いて自覚した後、どうにも気恥ずかしくなりミカは大きく顔を背けてしまった。

「なにを照れているんだ、今更。可愛かったぞ?」
「も、もう……っ。からかわないでください!」

未だ劣情には火が灯ったままであったが、一度頂きに到達したことで幾分か理性的な思考が舞い戻ってくる。
続きは勿論するとして、その前に身体を清めておきたかった。

「あの、アイリ……。一度、水浴びをさせてください。さすがにこんな姿のまま、貴女に触れられるわけにはいきませんから」

気怠い身体をベッドから起こし立ち上がろうとすると、すかさず隣から伸びてきたしなやかな白い腕に腰を強く抱きこまれてしまう。

「ああ、いいぞ。俺が直々に清めてやろう」
「え、ええっ?」
「そうと決まれば、早く行こう。そんな姿のままでは、風邪をひいてしまうからな」

気持ちや体の火照りをひとまず落ち着かせる意味合いも兼ねて一人でゆっくりと水浴びをしようと考えていたのだが――こうなってしまっては、アイリを止めることは出来ない。
いつだって彼女は強引なのだ。ゆえに情事の時は決まって主導権を先に握られてしまうのだ。
そんなアイリの先導の元、ふらつく足取りでどうにかミカはバスルームへと辿り着き、シャワーを浴びるべく纏った衣服を一枚ずつゆっくりと脱ぎ去っていく。
自分も入浴するつもりなのか、どうしてだかアイリまで意気揚々と脱衣を始めており、しかしそれを今更咎める気力さえなく、やれやミカ肩を落とすしかない。

「どうせなら、湯を張ろう。シャワーでお前の身体を清めた後、二人でゆっくり浸かるんだ」
「あ、貴女の身体は汚れていないでしょう? それに……」

この後、どうせ汚れてしまうのだから今は入らなくても良いのではと指摘しようと口を開いたが、それがなんだか情事を心待ちにしているようで妙に気恥ずかしく、ミカは唇を思わず噤んでしまう。
ここへ来て、自らの浅ましさを恥じ入るとは随分と往生際が悪いなと分かってはいても、恥じらわずにはいられないのだ。
どこか楽しげなアイリが一糸纏わぬ姿のままで風呂の準備を進めている間、最後の一枚であるショーツを下げたその瞬間、膣口から零れた愛液がつっと糸を引くのが分かった。

「あ……っ」

途端に、頬が熱を持つ。どれほど自慰で感じてしまったのかまざまざと見せつけられているようで、居た堪れなかった。
こんなもの、アイリに決して見つかってはならないと下着を衣服でくるんで脱衣籠に放り込むと、ミカは自らの豊満な胸を両腕で抱えるようにして隠しながら、どうやら入浴の準備が整ったらしいバスルームへと足を踏み入れたのだった。



「な、なんなんですかあ。この体勢は……」
「狭いバスタブに女が二人で入ろうと思ったらこうするしかないだろう?」

彼女の言う通り、人ひとり入るのが精いっぱいであろう猫足のバスタブに、なぜだかミカは背後から抱きかかえられる形で入浴をする運びとなってしまった。
強く抱きすくめられ、ミカの薄い背にアイリの豊満な乳房がぎゅっと押し付けられている。
下品な言い方にはなってしまうが、中身のよく詰まった張りのあるその膨らみの感触は、同じ女ながらもどこか癒されるような、思わず縋りつき、甘えたくなる情動交じりの衝動に駆られ、なんだか妙な気分になる。
もしかするとこれが「母性本能」というやつだろうか。それにしても、恋仲であるアイリに母性を求めるなど、どこまで自分は彼女に依存してしまっているのだろうと情けなくなってしまう。

「どうした、浮かない顔をして」

こちらの憂いを察したのか、ふと背後からアイリがこちらの顔を間近から覗き込んでくる。

「いえ、なんでもありません……」
「そうか? お前がそういう顔をしている時は、大抵くだらない事で悩んでいるから心配だ」

微笑みながら、劣等感を「くだらない」と一蹴してみせた彼女はやはり、カリスマ性の高いリーダーになるべくしてなったような気質の持ち主であった。
そんなアイリと、いつまでもこうして一緒に居られたら――と。
今しがた浮かんだ落胆とは裏腹に、今度は身勝手な甘い妄想まで浮かんでくる。
誰からも求められる彼女をいつか独占して、自分だけのものに出来たらどんなに素敵なことだろう。せめてこのひと時だけでも、私のことだけを考えていてくれればどんなに幸せだろう。

「……ねえ、アイリ」

ミカはほんの僅か、首を傾けて背後の彼女を振り返る。

「アイリは、私のこと……。好きですか?」

彼女の想いやその胸の内に秘められた感情を引き出すにはどうしたら良いのか。考えあぐねた結果、飾り気のない言葉を結局真正面からぶつけてしまった。
それを受けたアイリはというと、

「逆に聞こう。好きでもない奴に自慰を強要する酔狂な性癖を俺が持っていると思うか?」
「お、思ってませんっ」
「そしてお前もまた、好きでもない相手の前で自慰をするような淫乱ではない」

つまり、そういう事だろう、と。
アイリは意思の強い眼差しでミカの不安げな表情を見据えながら、実にきっぱりとした口調で断言をする。

「じゃあ、私も貴女を――もっともっと、求めても良いのですね?」

身を翻し、正面から抱き合いながら、ミカはアイリの胸元へと縋りついた。
すると彼女の強気な瞳が、少々驚きに見開かれ、眉尻は困惑したように少々下がる。

「お前から求めてくれるのか? まさかそんなことを言い出すとは……」

どちらかと言えば、与えることに悦びを感じるらしいアイリにとって、ミカの口から齎されたこの言い分は意外なものだったらしい。
だが、自分とて女であり、そしてアイリを愛しているのである。
与えられるばかりの立場に甘んじているわけにはいかないと、しばし躊躇った後、ミカはそっと顎を上向かせて彼女の唇に自分のそれをそっと重ねた。
擦り合わせるように、ゆっくりと。やがて啄むかの如く、大胆に。
粘膜同士がこすれ合う感触が、相手の触れてはならない核心に思わず触れてしまったような禁忌と似ていて、気恥ずかしくなる。
だがその気恥ずかしさの分、優越感や悦楽も感じ取っていたのだ。

「あ、ふ……」
「今日のミカは随分と積極的だな、嬉しいぞ」

囁かれ、胸がカッと熱くなる。
積極的ついでに、とミカは湯船の中の指先をゆらりと動かすと、ミカの身体をその腕に収める為、しどけなく開かれた両脚の間、そこに隠れた秘部へそっと遠慮がちに触れてみた。
温かい湯の中、柔くほぐれたそこへつぷりとそのまま人差し指を沈めても、彼女は嬌声こそあげたもののミカの行動を咎めたりはしない。

「ン……っ」
「貴女のことも、気持ち良くしてあげたくて……。ね、いいでしょう? 私のことも、受け入れてください……!」

腕の中からその表情を見上げると、アイリは困惑したように眉尻を下げながらもその口元をふっと綻ばせながら、濡れた掌でミカの柔らかな金髪を宥めるように梳いてくれた。

「……いいぞ、ミカ。お前の望むまま、やってみてくれ」

促されるまま、まずは突き入れた指先をゆっくりと、根元の方まで埋め込んでみる。
時折、鍵を作った指の先で柔く熱い粘膜を擦ってやると、アイリはミカの細い身体を抱きしめたまま、びくびくと身体を震わせながら細い顎を大きく反らした。

「あ、ン……っ。どこで、そんなやりかたを覚えてきたんだ?」

嬌声の合間、アイリが耳元で意地悪く尋ねてくる。
その答えは言うまでもなかった。

「わざわざ言わせないでください……。貴女以外にこんなこと、誰が私に教えるというのです?」
「……そうだったな」

すべては彼女が、アイリが教えてくれたことだった。
膣口をぐるりと大きく掻き回される大胆な快楽も、陰核を指の腹でぐりぐりと押し潰すたびに爪先まで走る電流のような鋭い刺激も、絶頂の際に味わうことの出来る脳天まで突き抜けるような強烈な悦楽も、ぜんぶぜんぶ、彼女がミカの身体に刻み込んできた体験なのだ。
まだ拙さが残るものの、すべてはアイリの模倣である。
彼女の腕に抱かれるたび、そして肉体を暴かれるたびに、ミカも一つずつ学んでいくのだ。女同士の快楽がなんたるかを。そして、自身のウィークポイントと、彼女の性感帯を。

「ああ、っ……。ミカ、のぼせそうだ……」
「……つらい、ですか?」
「いや、このまま……。最後まで、イカせてくれ」

擦り寄せられた頬は、湯船から立ち上る水蒸気と彼女の肌からしっとりと滲んだ汗に濡れ、湿っぽい熱がくすぶっている。

「あっ、もっと……。奥だ、ミカ……!」
「ああ、アイリ……。でも、そんなに奥まで挿れてしまったら、お湯まで一緒に入ってしまいます」
「……それでも、いいからっ! 掻き回してくれ、お前の全部で」

求められて、理性が擦り切れる。
ミカは更に二本の指をすっかり柔くなった膣の中へと潜り込ませ、思うがまま、ただがむしゃらに、蠢く粘膜を指の腹で擦り続けた。
愛撫を与えるたび、そしてアイリがそれに応えて身悶えるたび、バスタブいっぱいに溜められた湯がぱしゃりぱしゃりと音をたて、情事の激しさを物語る。

「んっ、ああッ……。ミカ、気持ち良い……っ」

いつもは強気な台詞ばかりが突き付けられる唇からいま零れ続けているのは、切なげに潤んだ嬌声ばかりであった。
普段の凛とした声音も好きだったが、それがぐずぐずに溶けた甘い囀りも堪らない。しかもその声を、ミカ自身の指が引き出しているのかと思うと、非常に愉快だった。

「アイリのココ、こんなにお湯が入ってしまって……。そミカも、貴女の愛液でしょうか。すごく柔らかくて、ぐちゅぐちゅと音を立てて……」
「……言葉責めとは、っ……。ミカのくせに、生意気だな……」

蕩けかかっていたアイリの双眸へ、微かな苦笑と共にほんの僅か光が戻る。

「どこで覚えてきた? この俺を……っ、あァ、ここまで言葉と指で弄ぶなんて……。いやらしい女だな、お前は」
「貴女のせいですよ、全部。先ほども申し上げたでしょう?」

語尾と同時、親指の腹でぐり、と陰核を強く擦り上げながら、突き入れた二本の指先を更に奥深くへとねじ込んでみる。
途端に激しく蠢く粘膜。そこから滲み出すのは、明らかにバスタブに満たされた湯などではなかった。

「アイリ、もう達してしまいそうなのでしょうか。貴女の中が、私をとても締め付けて……」

まるで生き物のように指先へと吸い付くその感触は、もはやミカにとって一つの快楽となり、虜となる。
アイリが膣内で感じれば感じるほどに、ミカもまた悦楽に浸ることが出来るとは――なんと甘美な体験だろうか。
相手の劣情は、自身の快楽。その嬌声も、粟立つ肌も、一方だけの感覚にはもう留まらない。

「感じてください、アイリ。貴女の快感は、私の悦楽なのだから」

ほどなくして、絶頂は訪れた。

「もう、ミカ……っ、このまま、すべて出してしまうから……っ」
「ええ、分かっています。全部、吐き出してください。貴女の体内に燻る熱を、私にも見せて下さい」

瞬間、湯の中でアイリの肢体が大きく跳ね上がる。
抱き留めた腕の中、彼女の全身はビクビクと細かな痙攣を繰り返し、やがて力を失いぐったりと脱力をする。
その最中、埋め込んだ指を包んだ膣内の締め付けといったら、凄まじい感触であった。

「アイリ、大丈夫ですか?」

湿気に濡れた黒髪を掻き上げながら尋ねると、その隙間から未だ熱の名残が強く残されたアメジスト色の瞳がふとミカの姿を捉え、眇められた。

「……お前がこんなにも情熱的な愛撫をする女だとは知らなかった。驚いたぞ」

揶揄するような口調にほんの僅か入り混じっていた不埒な熱に、気付けないほどミカも無垢な女ではなかった。

「あの、アイリ……」
「だが、このままやられっぱなしというのも性に合わん。ベッドでたっぷりと可愛がってやるからな」

少々、負けず嫌いなところがある彼女にどうやらミカは火をつけてしまったらしい。
アイリはこちらの腕を引きつつ浴槽から立ち上がると、濡れた身体をろくに拭いもしないまま、ふたり連れ立って寝室へとなだれ込んだ。



「さあ、ミカ。お前がちゃんと隅々まで自分の体を洗えたのか、俺が直々に確かめてやろう。ほら、脚を開け」

仰向けの姿勢で再びシーツの上へと組み敷かれたミカは、覆い被さって来たアイリの身体の下、開脚を強いられていた。

「あ、だめです……っ。そんなところ、貴女に見られたくない……」

反射的にミカは押し開かれそうになった両脚を閉じようと内股に力を込めたのだが、有無を言わさぬ腕力でそれを割り開かれ、彼女の眼前に薄桃色の小陰唇を晒してしまう。

「なるほど、綺麗に洗えているようだな」

じっくりと覗き込まれ、再び膣口にじわりと愛液が滲む。
あの美しい眼差しで貫かれているかと思うと、堪らなかった。

「おい、ミカ。駄目だろう、また濡らしては――」

言いながら伸ばした指先で、アイリは拓かれた膣口をそっと撫で上げる。
清めたばかりのそこにじわじわと、再び湿り気が帯びていく様が恥ずかしくて仕方がない。だが同時に、この直接的な刺激を心待ちにしていたところもある。
先ほどは結局、自慰に耽っただけだったのだ。今度こそ彼女の指で、その手で、絶頂に導いて欲しかった。

「旨そうな色をして……。仕方がない、俺がお前のそれを啜ってやる」
「ン、え……?」

瞬間、肉厚な舌先がぴちゃりと音を立てて、ミカの膣口に潜り込んでくる。
慌てて自らの下肢を見下ろしてみると、信じられない事に彼女がそこに顔を埋め、愛液の滲む場所へと口淫を施していた。

「だめ、だめですよ、アイリ……!」

そこまでする必要はないと身悶えたが、そんなミカの抵抗に反し、彼女はあろうことか力強くこちらの腰を抱え直し、より深いところまで尖らせた舌をずぶりと沈みこませていく。

「あああっ、だめ、ぇ……ッ」

まるで内側の襞をひとつひとつ、丁寧に辿るかの如く舌つきが堪らない。そして時折、陰核をぐりぐりと擽られるのも気持ちが良くて仕方がなかった。
ジンとした痺れがそこから爪先にまで波及し、そのたび太腿がビクビクと痙攣してしまう。むき出しとなった性感帯への愛撫がこれほどまでに強烈な感覚だったとは、今更ながらにミカは思い知る。

「だめ、気持ち良いです、アイリ……っ、このままじゃ、私っ、駄目になってしまいます……!」

このまま悦楽に悶え続けたら、自分はどうなってしまうだろう。
理性を早くも失いつつある沸騰したい思考を巡らせると、どこからともなく慄きにも似た感情が胸の内に迫って来た。
ぐずぐずに溶かされ続けたら、我を失うほどに乱されてしまったら、きっと私は駄目になる。そんな漠然とした危機感が、ミカに焦燥を与えている。

「助けて、ください……っ、怖いです、アイリ……!」
「快楽に呑まれる事を怖がる必要はないぞ、ミカ」

開いた脚の間から、ほんの僅か顔を上げた彼女は形良い唇で妖しい弧を描きながら、実に美しく艶やかに微笑した。

「理性など、失くせば失くすほど享受できる快楽は増すんだ。わかるか、ミカ……。白痴になれ。なにもかもを忘れて、ただ与えられる愛撫に溺れろ。俺だけを感じ取れ」

囁きは甘い毒となり、全身へと染みわたる。
なにもかもを忘れて、アイリだけを、アイリだけの愛撫を感じ取る――。
それはひどく残酷なようで、魅惑的な命令だった。

「あっ、ンンン! そこ、だめ……ぇッ」

再びずぶりと深く沈んだ舌先が、蠢く粘膜に埋め込まれたまま、蹂躙するような動きで敏感な内壁をでたらめに掻き回していく。
荒々しいのに、決して乱暴でないその舌遣いは微かに残ったミカの理性どころか自我をもひとつ残らず奪い去ろうと、強烈な悦楽を以ってミカの肌に、否――もっと深い場所、限りなく内臓に近い部分にまで浸食した。

「うあ、っ……。ンン、ん! あ、あああっ」

本当に壊れてしまう、このままじゃ。すべてを彼女に、奪い去られてしまう。
慄きつつも、それを拒絶するつもりが毛頭ないことに気づいて、ミカは愕然とした。同時に、そんな自分を嬉しくも思ったのだ。
愛しい女性に人間としての尊厳を握られ、弄ばれる事に。

「ああっ、アイリ……。もっと、もっと深くまで来てくださいっ。私を、私を……。貴女だけのものにしてください……!」

彼女だけのものになりたかった。そして彼女も、自分だけのものにしてしまいたい。
砕かれる理性と、こみ上げる独占欲が綯い交ぜとなり、今にも下腹で爆ぜそうになっている。

「ああ、ミカ……。俺は、とっくにお前のものだ」

散々と膣口を舌で弄んだ彼女が、ゆっくりとその顔を上げる。

「さあ、脚をもっと開け。これから俺たちは、ひとつになる」

ひとつに、なる。アイリと、二人でひとつ。
甘美な響きに溺れながら、ミカは言われるがままゆっくりとその脚を大きく開き、次なる快楽を心待ちにした。

「来て、ください……。ああ、アイリ。貴女と溶けてしまいたいんです……っ」

外気に晒されたそこは、どろりと愛液をとめどなく零しながらひくひくと痙攣を繰り返している。
準備はもう万端だった。あとは、愛しい彼女と合わさり、蕩けるのみである。

「いくぞ、ミカ。俺を受け入れろ」

大きく開かれたこちらの両脚の間に、彼女の身体が滑り込む。
そして、ぬるついた膣口に、同じく愛液の滲んだアイリのそれがぴたりと隙なく重なり、合わさった。

「ああっ、アイリ……!」
「ん、ァっ」

身じろぎするたびに、重なり合ったそこがぐちゅりと淫猥な音をたてながら、まるで深い口付けを繰り返すかの如く混じり合う。
男女のセックスのように粘膜の内側へ己の肉体を突き入れられなくとも、十分すぎる程の濃厚な交わり合いだった。

「ほら、っ……、ここ、気持ちいいだろう……?」

ミカの右足を深く抱え込みながら、アイリは自らの腰をぐいと押し付け、小刻みに律動を開始する。
そのたびに互いの大きく膨らんだ陰核がこすれ合い、ビリビリとした電流のような快楽が全身を駆け巡った。
それだけではない。恐らくアイリも感じているであろう事が繋がったそこから伝わるのが、なにより嬉しくて堪らない。

「ああ、ッ……。んあ、アイリ……!」

ミカが強い悦楽を感じて悶えるのと同時に、アイリの膣もまた、びくりびくりと蠢き、激しい痙攣を繰り返している。
互いの愛液が混じり合う様もひどく背徳的で気分を高揚させた。

「ン、っ……。お前も、感じているな、ミカ」
「はい、……っ、はい! 感じています、貴女を、ああ、このまま本当に溶けてしまいそう……」

ここまでに様々な愛撫を施されてきたが、互いの膣口を隙間なく重ね合うこの行為が肉体的にも、そして精神的にも一番ミカを満足させてくれているような気がした。
普通に日常生活を送っている時には絶対に触れ合わない互いの奥の奥、秘めたる粘膜を曝け出し合い、交わることの意味を、ミカは今更ながらに思い知る。
秘め事を、想い人の前で赤裸々に晒し、触れ合い、掻き回されることは凄まじい羞恥を誘ったが、それを上回る悦楽の波がミカを凄まじい悦楽の中へと引きずり込み、溺れさせていくのだ。

「もっと、もっと……ッ、ください、アイリ……!」

原形などもう、とどめていなくてもいい。
もっともっと、深く繋がりどろどろに溶けてしまいたかった。

「っ、はァ、凄いな、ミカ……。お前のここ、物欲しそうに震えている」

そう指摘するアイリの膣もまた、より大きな痙攣を以って享受する快楽の強烈さを肌越しに伝えていた。
感じれば感じる程に、互いの大陰唇がぷっくりと膨れ上がるのが分かる。それが重なり合う感触も心地よくて、ミカ自らも腰を振り、膣口を積極的に重ね合い、摩擦を強請る。

「あぅ、あっ、あああァ!」
「んァ、っ、ふ……」

ほどなくして、絶頂は訪れた。
重ね合ったその場所から、夥しい量の愛液がびしゃびしゃと、はしたない音を立てて溢れ出したのだ。
――否、それは愛液などではなかった。尿道から突如、迸ったそれは所謂「潮」というものである。
オーガズムを迎えると同時にそれが排出される感覚は、肉体の中に秘めた水分という水分がすべて外に出て行ってしまったような、心地よくも凄まじい脱力感に襲われた。
絶頂する瞬間も堪らないのだが、ミカはなによりもこの事後に待っている脱力感に言い知れぬ心地よさを感じてしまっていた。
すべてを解放し、それこそ肉体が溶けてなくなってしまったかのような浮遊感と、虚ろな思考。ふわふわとした時間がただゆっくりと流れるその様が、密かな楽しみでもあったのだ。

「……ああ、お前ので私のもすっかり濡れてしまったな」

自らの性器を覗き込みながら、唇を湿らせるアイリの声音は未だ快楽の余韻に溺れ熱っぽく、妖しげに蕩けていた。
しかし、彼女も肩で呼吸を繰り返すほどに疲弊しているらしい。
ミカの両脚からそっと抜け出したアイリは衣服もろくに整えぬまま、ぐったりとシーツの上にその身体を投げ出し、何度も深く息を吸い込んでいる。

「やれやれ、茶会のはずが、とんだ体力を使わされてしまったな」
「う……。す、すみません……」

呼吸が整ってくるにつれて、次第に失われていた理性が形を取り戻し、そもそもの発端が自慰を見られてしまったことであることをミカは今更ながらに思い出す。
もしかすると自分は、とんでもない事をしてしまったのではないだろうか、と。ミカは愛液にまみれた自らの身体を隠すように小さくシーツの上で縮こまり、これからどんな顔でアイリと接するべきか悩みこんでしまった。

「……とりあえず、またシャワーを浴びなければな。その後、身なりを整えたら今度こそ茶会にするとしよう」

言いながらアイリはベッドから半身を起こすと、すっかり縮こまっているミカを覗き込みながら先ほどとは打って変わって、実に穏やかな微笑を浮かべてみせた。

「ほら、今度こそ綺麗に洗ってやる。また一緒に風呂へ入るぞ」
「はい、お手数をお掛けします……」

観念し、ようやくミカもその身体をゆっくりと起こした。
その後、今度こそ身体を清めた二人は身なりを整えた後、連れ立ってアイリの部屋へと移動し、時刻的には少々遅めの茶会を楽しむこととなった。
彼女が用意してくれていたのだろう、陶磁器のティーカップとポットにミカは白湯を注ぎ温め、勝手知ったる様子で棚から取り出したダージリンティの茶葉を何杯か掬って茶漉しへ投入する。
瞬間、熱せられた茶葉から漂い始める、蜜のように甘く爽やかな香り。
それを胸いっぱいに吸い込むうち、身体の中で燻っていた不埒な気怠さが徐々に落ち着き、薄らいでいくのが分かる。
ちなみにアイリの方はというと、行商人から取り寄せさせたというアップルパイやチェリーパイ、そして宝石のように豪奢な装飾の施されたチョコミカをどこからか取り出してきてはテーブルへと丁寧に並べ、満足げな表情を浮かべていた。

「そろそろ夕食の刻限も近づいてきている頃だが……。どうしてもこれをお前と一緒に楽しみたかったんだ。付き合ってもらうぞ」
「わあ、とても豪勢ですね。まさかこんなものを用意して下さっていたなんて……」

にも関わらず、約束の刻限を破ってまで自慰に耽ってしまっていた自分を改めて恥ずかしく思い、着席しながらミカは赤く染まった頬を隠すように深く俯いてしまう。
それを目敏くも見つけていたらしいアイリはくすりと小さな笑みを零すと、

「今度から、ああいうお楽しみは茶会の後にして欲しいところだな」

などと言って、ミカの愚行をからかい始めた。

「ア、アイリ……」
「いや、激しい運動を行った後に一息つくという意味ではこれが正解なのかもしれないが。これから濃厚な時間を二人で過ごすたびに茶会を開くことにするか」
「も、もう! 蒸し返すのはやめてくださいっ。恥ずかしくて死にそうです……」

折角落ち着きかけていた熱がぶり返しそうになってしまったことに慌てたミカは急いた手つきでポットを手にすると、ティーカップに二人分の紅茶を注いだ。
フルーティな香りが、立ち上る湯気に乗ってより色濃くなる。
深呼吸を繰り返し、その匂いを再び自らの肺へと何度も取り入れることによって再び平静をどうにか取り戻す事が出来たミカであったが、しばらくの間はこの話題をたびたび蒸し返されるのだなと思うと少々気が重い。

「……だが、俺は嬉しかったぞ」

同じく紅茶を啜りながら、ふとアイリが微笑を湛えたまま小さく零した。
「お前が我を忘れて自慰行為に耽るほど、俺のことを想ってくれていたということが分かっただけでも大収穫だ」
その言葉に、先ほどのような揶揄は感じられない。

「お前は他人への好意を素直に表現する事を、躊躇っている節があるからな。覗き見る形にはなってしまたが……。俺は、お前のああいった姿が見れて良かったと思っているぞ」
「アイリ……」

心外であった。細かい事をあまり気にせず、己を貫く強い女性である彼女が他人から向けられた好意をその目で、形として確かめたがっていたとは。
アイリもまた、ひとりの女、ひとりの人間ということなのだろう。
そう思うと彼女のことがより愛しく思え、ミカは胸を切なく締め付けられた。
好きという言葉を軽々しく、日常的に口にする習慣のない自身はたしかにその指摘通り、アイリに対する好意を表現することを躊躇い、おろそかにしていた部分があったかもしれない。
それに対して不安を抱かれるのは、こちらとしても不本意である。
これからは、もう少し分かりやすい形で愛情を伝える必要があるのかもしれないと、ミカは紅茶を啜りながら考えを改めた。

「……ごめんなさい。貴女は私のことを好きだと何度も面と向かって口にしてくれていたのに、私はそれをおろそかにして一方的に貴女の愛情を享受してばかりでしたね」

ことり、と控えめな音をたてながら、ミカはふと手にしていたカップをテーブルに置く。
そして行儀が悪いことは重々承知の上でテーブルから身を乗り出すと、

「……!」

甘いダージリンティの香りが色濃く漂うアイリの唇へ、小さな口づけをひとつ贈った。

「貴女が、好きです。これからも、ずっと」

突然のキスに驚いたのか、アイリはしばらく唖然とした表情を浮かべていたが、そのうちに端正な顔立ちを嬉しそうに綻ばせた後、今度は彼女の方から、蜜の味に満たされた蕩けるような口づけを施され、ミカは満足げにその瞳を閉じたのであった。