受難体質流され攻✖元ヤン俺様受

誰もが一生に一度出会うであろう、運命の人。
だが、しかし。ひとくちに運命の人と言っても、それが自分にとってどんな道標を示すことになる人物であるかは個々によって違ってくるだろう。
生涯添い遂げる事を誓った愛する恋人、恩人、友人など、とにかくその種類は様々である。
しかし、俺が出会った運命の人と言うのは自分を中心に世界が回っていると信じて疑わない傲慢な男だった上、他人の人生を面白半分に引っ掻き回してしまうような男だった。

三年前の春、晴天の霹靂とはこのことか、とにかく突然現れたその男は何の断りもなしに俺の心を好き放題に弄び、遂には人生丸ごと転がし始めてしまったのだ。
十人中、十人全員がもれなく同情してくれるであろう、俺とソイツの馴れ初め話。超ありきたりな表現ではあるが、聞くも涙、語るも涙……。
とにかく、それを今からしようと思う。



桜もとうに散り去った五月上旬。淡く儚い桃色の花弁の代わりに眩しいほど青々と輝く若葉が生温い風に揺られざわめく頃である。
他人より少しばかり体がデカくて、目つきもほんの少し悪くて、ついでに声も十五歳にしては割と低めだった俺、須藤祐也は狭い教室の中で孤立という名の辛酸を嘗める日々を続けていた。

物心ついた頃から始めた水泳のおかげか成長期真っ只中であるにも関わらず既に完成された広い肩幅と、平均を遙かに上回る高身長は物を言わずとも周りに威圧感を与える上、不機嫌でもないのに見たものすべてを鋭く射抜く視線と寡黙な性格は一見、近寄りがたいものらしい。
実のところ、そんな外見に反し中身はというと超が付くほどの小心者かつ臆病者でコミュニケーション能力は皆無、ついでに根暗の多重苦であった。

そりゃ、入学以来、どこのグループにも属することが出来ずコンビニ弁当を便所の個室で頬張る日々は惨めだったものの、そもそも他人と慣れ合うことが苦手な俺は現状を覆そうなどという意志は初めから持ち合わせてなどいない。

どれだけ孤独を持て余そうが、否が応にも三年経てば環境はリセットされるのだ。
気は弱かったものの、なかなかの辛抱強さを持つ自分ならば三年間の苦行にも耐えうるはずである。
少なくとも、当時はそう信じていた。

例え担任の教師に苛めの心配をされようとも、友達はまだ出来ないのかと夕食のたび両親に嘆かれようと孤高を貫き、デカい図体に似つかわしくない存在感ゼロの空気的キャラを演じていたわけだが……。
事件は唐突に起こった。

水泳部のミーティングを終え帰宅するべく昇降口へ向かうその途中、背後から迫り来るけたたましい複数の足音に、何やら殺気にも似た凄みを感じ取った俺は思わずギクリと歩みを止め、恐る恐る今し方辿った長い廊下を振り返る。

競争馬でも駆けているのだろうか。相当強くリノリウムの床を蹴り走るその足音は現在、どうやら階段を下りているようで、不規則なリズムで騒音を奏でながら呆然と立ち尽くしている俺との距離を徐々に縮めていく。

何やら、悪い予感がする。いや、悪い予感しかしない。
巻き込まれる前にさっさと校舎から出てしまおうと身を翻し再び歩を進めようとした、その時だった。

背後にばかり気をとられて気づかなかったが、どうやら前方からも何やらドタバタと階段を駆け降りる足音がすぐそこまで迫ってきていたのだ。
このままで良からぬ事に巻き込まれること必至、早いところ下駄箱にでも逃げ込んでしまいたかったが……。
しかし、ここで持ち前の気の弱さを発揮してしまった為に両足はもつれ、思うように動けない。

気が付けば視線の先、どうやら階段を下りきったらしい足音の主たちがその姿を現した。
それは、俺が最も苦手とする人種、平たく言えばヤンキーである。

校則が県内一、緩いのをいいことにこれでもかと脱色した長髪を振り乱している奴もいれば、夏の訪れはまだ少しばかり先だというのに既に肌を褐色に焦がしている奴、果ては顔面のいたる所に金属のピアスを埋め込んだ猛者まで……。
とにかく、そんな問題児がよりにもよって集団で前から後ろから凄まじい勢いでこちらに向かい、次々と押し寄せて来るではないか。

どうか絡まれませんように、巻き込まれませんようにと祈りながら学校指定の鞄を両腕に抱きしめ身を縮こまらせたのだが、どうやら神様は根暗な俺の願い事など叶えるつもりはなかったらしい。
先頭を切って姿を現した男が階段を駆け下りた勢いそのままに俺の腕を力強く捕まえ、そんなところに突っ立っていたら邪魔だ、今すぐ退け、と無遠慮な一言を放ったのだ。

本当はずっと俯いていたかったが、無反応のままでは因縁をつけられかねないと恐る恐る怯えきった顔を上げ、至近距離からこちらを覗き込んでくる双眸を上目に見やる。

間近に迫ったその男の顔には見覚えがあった。
確か隣のクラスだったが、なかなか同学年に自分と同じ身長の奴が他には見当たらなかったので一度すれ違った際、強く印象に残っていたのだ。

しかし、例え今の今まで一度も顔を合わせたことがなかったとしても、遅かれ早かれ彼の噂は耳にしていただろう。
なんせこの男、杉本翔は入学早々に悪目立ちをして教師一同からガラの悪い先輩たち、近隣住民や校区内に配置されている交番勤務の警官らにまでその名を轟かせた超問題児だったからだ。

色味こそ派手ではなかったものの、染色を繰り返した為か毛先の痛んだ焦げ茶の髪は首の後ろで明らかに女物であろう、赤い水玉模様のシュシュで一つに束ねられ、制服であるブレザーの着崩しっぷりも相俟ってか、だらしがなさそうだという印象は拭いきれない。
左右の耳朶にも当然と言わんばかりに幾つものピアスが並び、開け放たれた昇降口や大きなガラス窓から差し込む夕焼けの光を受けてこちらを威嚇するように鋭く煌めいている。

ただ一つ、意外だったのは、だらしなくはだけられたワイシャツから覗く肌が透き通るように白かったことだ。
この手の人種は、てっきり全員揃って季節問わずに肌を黒く焦がしているものだと思いこんでいた自分にとってその白肌は非常に新鮮だったのを今でも覚えている。

さて、その場を去ろうにも足が竦んでしまっていた臆病者の俺はというと、間近に迫った丸く大きな猫目が無遠慮に投げかけてくる視線の鋭さに耐えることが精一杯だった。

そんな、まるで腹を減らした肉食獣に怯える野ウサギの如く震える俺にあいつは続けざま、なんて声をかけたと思う?

今、みんなで鬼ごっこやってるんだけど楽しいからお前もやらないか、だってさ。
今しがた、邪魔だから退けと罵ったその口で、だ。

もちろん、お断りだと首を横に振ろうとしたのだが、それよりも早く翔は俺の腕を掴んだまま、今来た道を戻るべく身を翻し再び駆けだしたのだ。
しっかりと拘束されてしまった腕を邪険にふりほどく勇気のなかった俺はそのままヤツに引きずられ、それから約一時間ほど校舎の中をかけずり回るハメになったのである。

長年続けた水泳のおかげか、体力だけはあった俺は翔と共に下校時刻まで一度も鬼に捕らえられることなく逃げ切れた上、最後まで捕まらなかったご褒美だと帰り際に翔と同じく鬼ごっこに興じていたヤンキーたちにジュースを奢ってもらえたのだが、ハッキリ言ってちっとも嬉しくなんかなかったね。

彼らから解放された頃にはもう体力的にも精神的にもバテきっていた俺は沈みゆく夕日に向かい、もう二度とあんなヤンキーたちの遊びに付き合わされまい、トラブルの気配を感じたら震える足を無理やりに引き摺ってでも逃げ出そうと決意をしたはずが、翌日に早速それは翔の手によりあっさりと覆されたのだ。

ヤツは俺の何がお気に召したのか、その鬼ごっこ以来、やたらとつきまとうようになってしまった。

授業中、隣のクラスだというのに堂々と乱入を繰り返しては俺の席までやってきて、行きしなにコンビニで買った肉まんが美味かっただの、すれ違ったOLが美人だっただの、どうでもいい世間話を一方的に繰り広げたり、いつものように寂しく便所飯を食らうべく移動しようかと廊下へ足を一歩踏み出せば待ち伏せしていたヤツに捕まり、不良のたまり場である屋上へ強制連行され世界一落ち着かない昼食を味わわされたり……。

そんなこんなで、あの鬼ごっこをキッカケに、地獄の日々が幕を開けたのだ。



「……出会いはこんな感じですね」

小粒の氷に薄められ、すっかり色味と苦みをなくしたアイスコーヒーのグラスを意味なくストローでかき回しながら沈みきった口調で過去を語り終えた俺は、目の前でボイスレコーダーを片手にメモを取る女性ライターの様子を上目で伺った。

この壮絶な出会いに同情の一つでもしてくれるのかと思えば、彼女の瞳は、その話もっと詳しく聞かせてくれないかといわんばかりに踊り、好奇に満ちた光を宿らせている。

他人の目から見てそれは劇的な、運命的出会いと映るのだろうか。
しかし、俺にとって翔との出会いは破滅への一歩とでも言うべきか、とにかく不幸続きなので運命などというロマンティックな二文字ではとても片づけられそうもない。

なんせ、描いていた将来のビジョンを根本から覆されてしまったのだ。
翔と出会わなければ、こうして物好きな女性ライターに向かい自身の不幸話をつらつらと語る機会もなかっただろう。

「それで、二人がコンビを組んでお笑いの世界へ飛び込むことになったキッカケは何だったんですか」

女性ライターの新たな問いかけに、俺の隣で機嫌良く煙草をふかしているすべての元凶となった男、杉本翔は人好きのする愛想の良い笑みを一つ浮かべてみせると、空いた左腕で俺の肩をしっかりと抱き込み、俺にとっては悪夢でしかない過去を自らの口で語り始めたのだ。

「俺が一方的に宣言しちゃったんです。進路相談の時に、こいつは俺と一緒に芸人として東京で華々しくデビューするから進学もしないし就職もしませんって」

いけしゃあしゃあと言ってのけた悪魔に悪気は感じられない。
当たり前だ、コイツは悪気だとか後ろめたさだとかを抱いていないどころか、自分の図々しさにだって気づいていないんだから。

出会いもなかなかのものだったが、それを更に上回る衝撃を食らった出来事というのが翔の語ったこの進路相談乱入事件である。

高校三年の春、放課後に生徒は担任の教師と一対一で個別に進路相談を行うことになっていた。
得意の水泳で更なる高みを目指すべく、俺は水泳強豪校として全国的に有名だった私立の某大学へ進学したいと考えていたので、事前に配布された進路希望調査表には当然のこと第一志望の欄にその大学の名前を書いていた。

お前なら競技会で好成績を毎年残している功績もあるから推薦枠も狙えるぞと担任から有り難い言葉をいただいたことだし、心に決めた進学先はたった一つだった為にそれ以上、話し合うこともなければ相談したいこともなかった。

さて帰るかと椅子から腰をあげようとしたその時に悪魔はやってきた。
そしてヤツは、突然の進入者に目を丸くすることしか出来ずにいた俺と担任教師の顔を無邪気さ溢れるイタズラ猫のような瞳で見下ろし、本人の了承も得ず高らかに宣言をしてみせたのだ。

須藤祐也は杉本翔とお笑いコンビを組み東京でデビューする予定がある。
だから、互いに進学もしなければ就職もしないのだ、と。

突拍子のない発言に、俺は思わず椅子の上から転げ落ちた。
それこそ、どこかの新喜劇のように勢いよく大袈裟に、尻もちをつく音まで派手に立てて転げ落ちた。

お笑いコンビを組みたいなどと言った覚えがないどころか、そもそも翔が芸人を志していたなんて初耳だったからだ。
嫌々とはいえ、共に過ごした時間は長かったので翔の好みや苦手なものは一通り把握していたつもりだったが、芸人になりたいなどという話は寝耳に水、脈絡がないにも程がある。

しかし、翔が一方的に芸人になると宣言をしたところでこんな無茶苦茶な意見は通りはしないと、この時点では俺も油断していたのだ。
進路を決めるにあたって本人の次に尊重されるであろう両親の意志。
揃って公務員勤めの二人がこんな容姿も性格も不真面目な少年の突拍子もない思いつきに賛成の手を挙げるわけがない。

このときばかりは俺も強気に「両親を説得出来たらその誘いに乗ってやる」と言い返してしまったのだが……。
それがいけなかった。

その日の夕方、さっそく翔は我が家へ乗り込み着崩した制服を正すこともないまま、普段のだらしなさを一ミリも隠すことなく両親と対面を果たした。

バラエティ番組を好まず、ニュースと天気予報くらいの情報しかテレビで仕入れることのないクソ真面目な両親である。
芸人などという将来の保証もない危うげな職種を息子が選ぶことを許すはずもないと思いこんでいたのだが、どうやらウチの両親は真面目すぎるゆえ、突拍子もないこの翔の申し出に妙な解釈をしてみせたのだ。

一度も自宅に誰かを招いたことのなかった息子が、とうとう友人を連れてやってきた上、本来進もうとしていた進路を断ってでもその友人と高みを目指すべくこうして真正面から両親にぶつかってきている、と。

友達付き合いというものに縁がなく、熱中出来ることといえば水泳だけ。
そんな息子に突拍子もない申し出を口走らせた友人の影響力は相当なものだと判断したのだろう、俺にとっての運命の人はきっと翔であるに違いないと思いこんだ両親は勝手に盛り上がった末、なんと芸人の道を歩むことを許可してしまったのだ。

もちろん、俺は反対した。
自ら翔を両親と引き合わせておいて何だったが、それは翔の思いつきを突っぱねてもらう為であり、芸人になりたいのでその道を歩むことを許してくださとお願いする為ではない。
ついでに言うと、翔を友人と思ったことさえ一度もないのに、家に連れてきただけで親友と断定されても困る。

しかし、国家権力の手を散々煩わせた問題児のくせに愛想だけは良い翔はあっという間に持ち前の人懐っこさと二枚舌を使い、数分足らずで二人を言いくるめその気にさせてしまったのだ。

確かに、これだけの話術があれば芸人としてもそこそこやっていけるに違いはなかったが、しかし、相方となる俺には残念ながら芸人としての素質がないどころか私生活において必要になってくるコミュニケーション能力さえ基準を大きく下回っているというダメダメっぷりであった。

「とにかく、俺はコイツに無理矢理付き合わされてるだけなんです。正直言うと、今でも芸人としての仕事は苦痛だし、辞めれるもんなら今すぐにでも辞めたいと思ってます」

人気お笑い雑誌のインタビューに対し、ここまでネガティブな発言を堂々としてみせた俺に女性記者は面食らっていたが、全ての元凶である相方、翔は俺の発言など気にも止めていないらしい。

相変わらず俺の肩をガッチリと抱き込んだまま、煙草をふかしながら自信たっぷりの口調でこう言い放ってみせたのだ。

「俺は、祐也に運命を感じてるんです。だから手放すつもりなんて更々ない。コンビ解散や芸能界引退なんて絶対しませんから、これからも俺たちの活躍楽しみにしててくださいね」

なんと清々しい笑顔を浮かべる悪魔だろう。
さすが、我が家のカタブツ二人をあっさりと説き伏せただけの男である。

【未完】