ヤンデレ攻によるNTR強姦

グラスの中に沈んだ氷が、からりと音を立てて崩れていく。実に小気味よく、清涼感のある音色で気休め程度には柚月の高鳴る胸を落ち着かせてくれるような気がしていた。

「こんなこと、千里さんにしか相談出来なかったから……」

視線を手元のグラスに落としたまま、らしくもなく気落ちしたような口調で呟くと、対面に腰を下ろした彼、高山千里がふっと微笑む気配を感じた。
恐る恐る、上目で様子を窺ってみる。やはり千里は、笑っていた。
その表情は実に穏やかで、まるで歳の離れた兄弟の話にじっと耳を傾けていてくれているような、温かい優しさが垣間見える。
よりにもよって共にひとつ屋根の下で生活を送るルームメイト――それも、同性に恋をしてしまったなど、そう易々と相談出来るような話題ではなかった。が、しかし。既に柚月は限界を迎えていたのだ。
柚月が想いを寄せていたのは、三崎政宗という青年である。紆余曲折を経て男性同士の恋愛漫画を執筆する事を生業とする彼には、一方的ながら「共通点」を見出していた。
今でこそ柚月は派手な形と軽薄な言動でキャンパスライフを謳歌しているが、元々はどちらかと言えば性根が暗い性質である。
大学デビューの甲斐あって出会う事の出来た派手な友人たちとの馬鹿騒ぎも勿論楽しかったのだが、本質的なところで言えば、落ち着ける空間で読書を嗜むようなインドア派であったが故、彼と過去の自分とを勝手に重ね合わせていたのかもしれない。
だが、政宗はそういった柚月の「核」なる部分を知らずにいるのだ。
隠したい過去、というほど大袈裟な話ではなかったものの、想いを寄せた相手であるからこそ、曝け出す事に躊躇してしまう。
これは、惚れた腫れた以前の問題なのかもしれない。想いを打ち明けるにしろ、しないにしろ、今までの関係が崩れてしまう事がなによりも恐ろしかった。
柚月は再び手元のグラスに視線を落とし、逡巡の後、自身の胸の内に燻るもやもやとした感情を飲み下すかの如く手元のそれを一気に煽った。
本業である作家の他、バーテンダーという肩書も持つ千里が柚月の為に用意してくれたのは、アプリコットフィズだ。杏子の風味が漂うそれは、さっぱりとしていて実に呑みやすい。
深刻な相談であるならば、多少はアルコールを口にした方が良いだろう。そう提案したのは、千里の方だった。
酔った勢いでなにか余計なことを口走らなければ良いのだがと危惧していたのだが、どうやらこのカクテルはあまり度数が高くはないらしい。これも数多の客の話に耳を傾け続けた経験を持つ彼なりの気遣いなのだろう。どこまでも優しい男だった。
もう一度、柚月はちらりと視線を上げ、こちらを見守る千里の表情を窺ってみる。柔和な表情は相変わらずだった。

「幸せ者だね、政宗さんは。君をここまで悩ませるなんて」

頬杖を突きながら、彼は言う。

「自分ひとりじゃ想いを抱えきれない程に好いてもらえるだなんて、羨ましいな」

そんな千里の呟きを耳にして、おや、と何かが引っかかった。
浮かべられた微笑は変わらないはずだった。慰める声音も、こちらを思いやる言葉選びも常と変わらぬ優しさであったのだが、向けられた彼の感情をそのまま飲み下そうとしたその瞬間、微かではあるが異物が紛れ込んだかのような違和感を覚えた。
だが、しかし。その引っ掛かりが何なのか、訝しんだのは一瞬のことである。恐らく気のせいだろうと思い直した柚月は真っすぐと向けられた優しさに対し、照れ臭さを誤魔化すような微苦笑を浮かべて曖昧に濁してしまう。
千里はというと、意に介した様子はない。相も変わらず慈悲深い表情でこちらの顔を眺めつつ、更なる言葉を綴ってみせた。

「人間だれしも、転換期ってものはあるでしょう? 年齢を重ねたり周りを取り巻く環境が変われば考え方や必要とされる立場に応じて立ち回りを考え直すなんて当たり前のことです。過去の積み重ねがあってこそ今の君が在るんだから、ね?」

諭すような口調は、まさしく兄のようだった。
やはり千里を相談相手に選んだのは正解であったと安堵した矢先、再び例の「違和」に肌を撫でられたような気がした。
どうしてだろう。千里から優しい言葉を投げかけられるたび、不可解なそれを感じてしまうのか――。

「……ねえ、柚月君」

ふと、千里の双眸が眇められる。

「君が努力で今の姿を手にしたのは分かっているし、俺も似たようなものだけど……。きっと話に聞く昔の柚月でも、俺は柚月の手を取りたいと思ったよ」

言いながら彼は、アプリコットフィズのグラスを握り込んだままでいる柚月の手に、そっと指先で触れてみせた。
瞬間、正体を隠すかの如く潜んでいた「違和」がはっきりと形を作り、眼前へと現れる。
これは、好意だ。自惚れでもなければ、思い上がりでもない。彼は、明確な恋慕を自分に抱いているのだ。
なにか、言わなければ。だが、なんと応えれば良い?
ぐるぐると、目まぐるしく考えが巡る。正宗の顔が脳裏に蘇っては視線の先に居る千里の微笑とすり替わり、やがてその輪郭がぼやけていく。

「あ……?」

ぐらりと、景色が傾いた。否――自身の足が縺れ、頽れているのだ。

「柚木君は、酒言葉って知っていますか?」

薄れゆく意識の中、驚くほど近くに生暖かい吐息を感じた。どうやら千里は、こちらの耳朶へと直接唇を付けるようにして囁いているらしい。
「君が飲んだそれは、云わば俺の気持ちなんだよ」
甘く掠れた声音に、危険な香りを感じ取る。
だが、もう意識が持たなかった。

アプリコットフィズの酒言葉は、振り向いて下さい――」

俺は君に振り向いて欲しかったんだ、と。
囁かれた切実な言葉が鼓膜に吹き込まれると同時、柚月の瞼は自身の意志に反して力なく伏せられたのであった。



沈められた肉体が徐々に水面へ浮上するかの如く、意識が少しずつ覚醒へと向かっていく。
酷く喉が渇いていた。全身が鉛のように重い。一体、自分はどうしてしまったのだろう。
状況を確認するべく身体を起こそうとしたその時、両腕の自由が利かないことに今更ながら気が付いた。

「なんだ、これ……」

ぎしりと、縄が軋む音が聞こえる。どうやら頭上でまとめ上げられた両手首を縛られ拘束されているらしい。
身を大きく捩ってはみたものの、解ける気配はない。むしろもがけばもがくほどに荒縄が肌へと食い込み、生じた痛みが柚月の心を萎えさせる。
背中がふわりと沈む感覚から察するに、ベッドにでも寝かされているのだろうか。そして視線の先にある見慣れたクロスの天井は、恐らく寮内のものだ。どこか見知らぬ場所で監禁されている、というわけではないらしい。
辺りの様子をもっと窺うべく試しに首を巡らせてみる。まず目に飛び込んできたのは、様々な書籍の並んだ重厚な本棚、そして長年、楽器として使われていない、インテリアと化したベースの二つだった。どれもこれも、見覚えのある代物だ。

「ああ、気が付いたんですね。柚月君」

足元から自分の名を呼ぶその声を聞いた瞬間、シーツの上へと投げ出された爪先がその存在に警戒を示すかの如く、ぴくりと小さく跳ね上がる。

「本当は徐々に意識を混濁させたかったのですが、ちょっと張り切り過ぎちゃいましたね」

ふっと、視界の端から常と変わらぬ千里の微笑が現れる。
その表情からは、微塵の悪意も窺えない。まるで酔っ払いの介抱でもするような素振りであったが、今しがた吐き出された彼の言葉と現状から察するに、すべての元凶はこの千里なのだと嫌でも思い知らされてしまう。

「どう、して……」

ようやく絞り出した声音は、絶望に震えていた。

「どうして、って……。言ったじゃないですか」

こちらを見下ろす顔が、ずいと眼前に迫る。
間近から見上げる千里の瞳に、目撃したことのない激情の焔がちらついているような気がした。否、それは決して見間違いなどではない。れっきとした狂熱の渦だった。

「多分、君が政宗さんに想いを寄せるずっと前から……。俺は君のことが好きだったよ」

ふと伸びてきた指の腹が、戦慄く柚月の下唇をそっと撫でていく。
ふわりとした感触を――否、そこに通う血と熱を確かめるようなその仕草から、表には発現されていない彼の抱いた激しい恋慕が流れ込んでくるようで恐ろしかった。
こんな触れられ方、いままでに一度たりともされたことがない。
これが「恋」だというのなら、自分が今までに異性と交わしてきた関係は一体なんだったのか、と。柚月の思い描く愛念とあまりにも剥離しすぎていて、言い知れぬ不安を胸に覚えてしまう。

「俺なら女性の方が良いなんて絶対言わない。君とずっと一緒にいられますよ」

柚月の仰臥するベッドの端へと腰を下ろしながら、どこか切なげに、しかし有無を言わせぬ確固たる意志を滲ませながら千里は己の感情を滔々と垂れ流してく。

「……ずっと、思っていたんです。それこそ初めて会った時からね。君は俺と同じ感覚を持っているんじゃないかって」

下唇を撫でていた指先が、顎、首筋、いつの間にかはだけられていた胸元と徐々に下る。
まるでその手つきは、眼下の柚月の輪郭を確かめるように少しずつ象っていくようだった。

「昔の自分を見てるみたいだって、最初は思っていたんです。君はまだ自覚していないようだけど、色々な話を聞いて確信したよ。どうして君が女の子たちと上手くいかなかったのか、そして政宗さんに惹かれたのか……」

語尾と同時、ぴりりとした鋭くも甘い感覚が爪先から駆け上がって来る。
あろうことか半端に纏ったシャツの上から、千里は柚月の乳頭を指の腹で押し潰したのだ。
それは痛み、もしくは痒みに近い衝撃であったが、しかし――そこに含まれた劣情に気付けぬほど、柚月も世間知らずではなかった。
そして、これから起こり得る事態。千里の思惑にも、気が付いてしまう。

「ちょ、千里さん……っ、待ってください!」

縮みあがりそうな声帯を必死に開いて抵抗の言葉を絞り出す。
駄目だ、これ以上は。万が一、それを許してしまったら後には戻れない。
甘く痺れる爪先を丸めつつ、シーツの波の中、どうにか腰を捩って逃れようと試みるも、千里がそれを許さなかった。
慈悲深ささえ感じる眼差しでもがき続ける柚月を見下ろしながら、彼もまたゆっくりとベッド上に乗り上げると、あろうことか暴れるこちらの下肢を封じるように身体を跨ぎ、覆い被さるようにして圧し掛かってきた。

政宗さんには、渡さない」

あくまでその口調は、柔らかい。しかし、突きつけられた言葉はあまりにも断定的である

(以下略)
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