人外×素直になれないギャースカ女子2

ふと、読んでいた雑誌から目を上げる。
時刻は昼の三時を過ぎたころで、窓から差し込む陽光は実に穏やかなものである。心地よいまどろみを生む空間の中、何をするでもなく部屋で寛ぐひと時は実に幸せなものだった――目の前に、京極の姿さえなければの話だが。
なにが目的か、突然家に押しかけて来た男は今、我が物顔で美咲のベッドに腰を下ろし、優雅に脚を組んで自身が持ち込んだ文庫本を読みふけっていた。
読書ならば自宅でも出来るだろうに、わざわざ他人の家に押しかけ、あろうことか異性のベッドを陣取るなど非常識にもほどがある。
だが、この男に限っては常識など通用しないのだ。かと言って下手に騒ぎ立てれば、更なる面倒事に巻き込まれる危険性もある。要するに京極が姿を現したら最後、美咲はその存在を受け入れざるを得なかったのだ。
しかし、今日は読書で済んでいる分、幾分かストレスは少なく済んでいると胸を撫で下ろしながら、美咲はふとページを捲る指先を止め、纏った部屋着の胸ポケットをごそごそと探った。
昼食は勿論とっていたが、この時間帯になるとどうしても小腹が空く。ということで美咲が取り出したのは、ミルク味の飴玉であった。
封を破り、小さなそれを口に含む。たちまち頬の中へと広がる甘さは、穏やかな昼下がりの空気も相俟ってか実に優しかった。

「あ、美咲ちゃん。それ、ボクにも頂戴」

並んで腰を下ろしていた京極も文庫本からいつの間にか顔を上げ、こちらが頬張るそれに羨ましげな視線を向けていた。
自宅へ押しかけた挙句、当たり前のように他人のものを欲しがる男の傲慢さに苛立ちを覚えた美咲であったが、たかが飴玉一粒を出し渋るのはあまりに心が狭い気がする。

「……味は選べないけど、文句言わないでくださいね」

確かもうひとつ、美咲が口に含んだのと同じミルク味の飴が残っていたはずだと再び胸ポケットに指先を差し入れようとしたその時、ふと伸びてきた掌に手首を掴まれた。

「ちょっと……!」

何事かと顔を上げると、いつの間に距離を詰められていたのだろうか――互いの鼻先が触れあうほど近くに、京極の端正な顔立ちが迫っていた。
これはまずい、と眉を顰めたのも束の間。下顎を捉えられ、有無を言わさぬ強引さで唇を奪われてしまう。

「ンン……っ」

すかさず潜り込んできた舌先の感触で、美咲は男の意図を悟った。
彼は、飴を分けて欲しかったわけではない。それを口実に、こちらに触れたかっただけなのだ。
今日は大人しく本を読んでいるだけで済んでいると油断した矢先であった故、悔しくて仕方がない。まんまと京極の思惑に嵌められてしまうとは――不覚だった。

「あ、ふ……」

含んだ飴玉を押し返すように蠢く舌先は、胸焼けを覚えるほどに甘い。ごくりと嚥下する唾液に入り混じる人工的なミルク味は、京極の施す口付けを体現したかのようである。
抗えば抗うほどに絡み合う舌など、それ自体が意思を持っているような生き物かと疑うほどだ。そしてその間を行き来する、徐々に小さく溶けつつある飴玉の香りがふわりと鼻腔を擽るたび、どうしてだか重ね合わせた唇の隙間から不埒な溜息が零れてしまう。

「あ、ンン……っ、ん!」

やがて京極のキスは、遠慮をなくしていった。
口腔内を彷徨う飴玉を避けようと持ち上げた舌先の裏側、それも付け根の辺りを突かれたかと思うと、そのままずるりと中溝を這い上がり、やがては上顎へと到達した。
駄目だ、そこは――!
思わず眉根を顰めたが、もう遅い。そこは、京極と交わした口付けによって開発されてしまった、未知なる性感帯である。
彼に触れられるまで、知る事のなかったむず痒い感覚。思わず膝が折れそうになり、美咲は伸ばした指先で京極の纏ったシャツの裾に縋りついた。
思考が靄に包まれる。理性の糸が、途切れそうになる。
やがて震える腰を抱きこまれ、重ねた唇は互いの呼吸さえ漏れぬほどぴったりと合わさった。
ああ、このまま取り込む酸素さえすべて奪われて、京極の腕の中で朽ちていくのだろうかと縁起でもない妄想に取り憑かれ始めた、その時だった。
彼の舌先が美咲の口腔内で転がされていた飴玉を奪い去ったのだ。

「……ごちそうサマ」

ようやく離れていった形良い唇が、眼前でにやりと弧を描く。同時にガリッと音をたてながら、ほとんど溶けかかっていたミルク味の飴玉を彼はその奥歯で噛み砕いてみせたのだ。
瞬間、下腹の奥からこみ上げたのは表しようのない灼熱――恐らくは、はしたない劣情だった。
どうして目の前の光景を性的な仕草だと錯覚してしまったのだろう。飴玉を噛み砕かれたと同時、まるで自分の中に留めていた平常心まで失われたような感覚に陥り、口付けが終わった今も悦楽の焔は未だ灯ったままであった。
京極に奪われた飴玉の如く、ぐずぐずに蕩けたなにかが下腹の方で疼いているような淫らな情動が離れない。まるで全身を巡る血流が沸騰を始めたように熱い――。
だが、京極はそんな美咲を決して慰めようとはしなかった。じわじわと巡る甘い毒に苦しむこちらを差し置いて、あろうことか再びベッドの上へと腰を下ろし、読書を再開してしまったのだ。

「こンの、色情魔……っ」

喉の奥から絞り出した精一杯の悪態は、果たして彼に届いたのだろうか。しかし、当の京極はというと微かに口端を歪めただけで、悪びれた様子もないまま文庫本に視線を落としたままであった。