モブ×純情な遊び人

不思議なもので、遊ばれている最中は自分が遊ばれているという事実になかなか気づくことが出来ない。
気付くのはそう、いつも連絡がふと途切れたその瞬間だ。
それでも人肌恋しくなるのを堪え切れず、自分を捨てていった相手たちへの想いを抱え込んだまま、新しい拠り所を探すのは悪い癖だと我ながら思っている。
どうして皆、最後まで騙し通してはくれないのだろうか。
飽きてしまったのならば優しい嘘の一つでも、いや、そんな贅沢は言わない。罵声の一つでも吐き捨てていってくれればまだ諦めはつくのに何故なにも言わないまま去っていくのか。取り残された自分はどうしたら良いのか――。
いつまでも鳴らない、たった一人だけに指定した着信メロディー。
拒絶でもなんでもいいからその声を聴きたいのに、どうして。
そしてまた一人、期待を抱かせたまま消えていこうとする男と出逢う。




週末、煌びやかな街中の裏に潜む薄闇に包まれたバーカウンターで声をかけてきたその男は、口説くよりも先にそのしなやかな指先でこちらの顎を捉え、煙草の香り交じりの吐息が唇を掠めるほどまで距離を縮めてきた。
視界いっぱいに広がるのは、男の思わせぶりな微笑。
何度裏切られたとしても、何度見捨てられたとしても、この心が墜とされる瞬間は胸が高鳴る。
責任問題がついて回る女ではあるまい、節操などを気に掛ける必要のない男同士の関係は堕落していくのが早かった。
気が付けば、洗い立てのシーツに沈む汗ばんだ背中。
そして組み敷かれたその瞬間に悦ぶ第六感。

「どこが一番好き?」

 そう尋ねながら敏感な身体を弄ぶ男の指先は優しく、そしてほんの僅かに意地悪だ。
「ん……ッ」

「ここ? それとも……」

 指先は女のものとはまた違う、少しざらついた太腿を撫で、舌先は平らな胸を這う。
 途端、僅かな熱を持つ火花にも似た快楽は性質の悪い毒のように全身へと回って心身ともに堕落へと沈み、そして何度味わっても飽きる事のない感覚に酔いしれていく。
これを一度きりの、ゆきずりの行為になどしたくなくて、少しでも自分の名残を押し付けるようにもどかしげに揺れる腰を隠しもせず相手の下肢へと擦り付けてその先を強請り、更なる深みへと誘い込んだ。
愚かな自分はまだこの時、誘いをかければかける程に相手を見失いやすくなってしまうという原理を知らずにいたが、刹那の快楽にすべてを捧げた者が最中にそれを思い出す事はこの先、恐らく一度たりともないだろう。

「……ぅ、ン」

少しでも相手を長く繋ぎとめていられればと覚えた奉仕も、連絡が途絶えたその瞬間に初めて無意味な行為だと知る。それでもやめられないのは、どこまでも被虐的な己の性癖のせいだ。
苦み交じりに唇を濡らす白濁と、口腔にまで達する相手の欲望と、頭上から注がれる熱の籠った相手の視線が堪らなくこの肉体を刺激するのだ。

「へェ……。どこで仕込まれたの」
「んン」
「遊び慣れてんだ?」

揶揄するようなその言葉も、快楽に屈した己の前では前儀へと変わる。
だが、相手の抱く勘違いには思わず眉を顰めずにはいられなかった。
遊び慣れているわけじゃない。繋ぎとめたくて、特別な存在として心の奥底に住み着きたくて、全身全霊で心身ともに捧げて、それでも男たちは自分の上をあっさりと通り過ぎ忘れ去っていっただけなのだ。
ただ、ようやくの思いで手に入れた一晩に賭けた純情を本気と悟られたくないのか、無意識のうちに本音を隠してしまっている。
それが悪手と気付かずに、今日も悦楽だけを貪るのだ。

「もうイイよ、ナカにあげるから」

男は軽く乱れた呼吸と共にそう告げると、押し開いた両脚の間に腰を滑り込ませ、口内から引きずり出した自身を待ちわびるようにしてひくつく窄みへとあてがい、そのまま強引に貫いた。
潜り込む灼熱。支配される感覚。
何度となく味わってきた、内側を暴かれる究極の行為。

「……ッ、さすが遊び慣れてるだけあるよ。解さなくても、一気に奥まで入った……」

違う、これは遊びなんかじゃない。

「はァ、っ……ハ……」

だが、男の腕に抱かれている限り、冷めない熱に包まれているこの唇からは嬌声だけが零れ落ちて――。

「あ、ン!」

逃がしはしないと相手の首に巻き付けた腕も、朝陽と共に解かれることを未だ気付けずにいるとは、もはや末期である。
こうして今日も行きずりの男に弄ばれ、そして忘れ去られていくのだ。
相変わらず鳴る事のない無音の携帯電話を握りしめ、ひとり冷たいベッドへと潜り込む生活など望まないのに、どうにもここから抜け出せない。
原因はそう、純情を押し殺せない己の愚かさだと割り切ることがどうしても出来なかった。
自分を抱くその腕すべてに恋をして、しかし半端に演じた遊び人の姿が仇となって優しい嘘も残酷な言葉も与えられることなく男たちは去っていく。
だが、しかし。一人寝の夜を味わうくらいなら、この方が幾分かマシなのだ。
一瞬でもこの身体が欲しいと誘いかけてくる男がいる限り、また懲りずにすべてを捧げてしまうのだろう。