眼鏡優等生×教育実習生

教師になると決意したのはいつだったか、念願かなってようやく数日前、教育実習生として母校を訪れたのだが、そこで待ち受けていたのは半人前ながらも自分を「先生」と無邪気に慕う純粋な生徒たちと、

「……ッ、ンン!」

獰猛な素顔を無機質なノンフレーム眼鏡の奥に隠し、欲望のまま身体を暴こうと爪を立てる一人の優等生であった。



夕暮れどき独特の朱色が校舎のすべてを温かく包む頃、とある空き教室内から、優しげな夕の日差しとは不釣り合いな濃厚すぎるほど淫靡な空気が立ち込めていた。
肌がぶつかり何度も引かれ合う音と、聴覚を甘く溶かす湿った水音、それから耳元で荒く繰り返される呼吸音。それらに理性を掻き乱されながらも筒井は現状を否定するように首を軽く横に振り、自分の背後に伸し掛かり腰を穿つ少年を振り返った。
筒井が受け持ったクラスに居たこの香川真人という生徒は、首席でこの進学校へ入学し、一年生ながらも生徒会の一員に名を連ねるという非常に優秀で将来性のある生徒だと担任教師が教えてくれたのは一週間前のことだ。
陽の光に艶めく黒髪と、眼鏡の奥に覗く冷徹ささえも感じられる涼し気な切れ長の瞳はとても十五歳の少年のものとは思えないほどに大人びており、前もって聞かされていた評判もあってか筒井は彼に圧倒され、しばらくその姿を凝視してしまったほどである。
情けない事に筒井は香川の存在感と、心の奥底まで見透かされてしまいそうな漆黒の瞳に気後れしていたが、彼はそんな筒井を溜息が出るほどに美しい微笑で柔らかく受け止めたのだ。
――それなのに。

「も、ッ……。やめろって……」
「今更でしょう。そろそろ観念したらどうです」

こんな状態に行きついてしまったのだから、それこそ今さら観念もくそもないと筒井は胸中で悪態を吐き捨て、香川の与える快楽のリズムから逃れようと腰を引き、肘で彼の胸を弱々しく押し返した。
どうして、実習最終日にこのような仕打ちを受けねばならなかったのか。
実習中、冷徹な瞳とは裏腹になにかと筒井の世話を焼き、手を差し伸べてくれた彼にこうして組み敷かれ屈辱を強いられる羽目に陥るなど全く予想はしていなかったし、こんなことをされる理由も筋合いもない。
しかし彼は放課後、職員会議を終えた筒井をこうして教室に連れ込み、理由を問う隙さえも与えない手際の良さで情事に及んだのだ。
一体、なにが引き金となってこんな事になってしまったのか。
貫かれながら本人に問い質してみたものの、彼はただ、こうする事に理由などいらないと繰り返すばかりで真意のほどは未だ掴めない。

「あァ、……っ」

穿つというよりも、抉るというこの感覚に理由がないなど、よくもそんな事を言えたものだ。
他人の性癖や嗜好に口を挟むつもりなど毛頭ないが、それにしても同意を得ずにその気のない物を組み敷き貫くなど、常識に欠けているのは明白だ。
なぜ、常識から大きく逸脱した行為を学生として優秀である彼が実行に移したのか、理由がないわけがない。

「香川……!」

意志に反し、甘く掠れる自身の声色に嫌悪を抱くのはこれで何度目か。
しかし、香川はそんな筒井の嬌声を気に入ってしまったのか、声があげられる度に彼は耳元でくすりと小さく笑い、更に深い場所を容赦なく抉って、抗いの言葉すら喘ぎと共に飲み込まざるを得なかった。
瞼の奥でちらつく光と、爪先から駆け上がる痺れは与えられる強引な刺激に五感が反応している証拠だろう。
打ち付けられる度に迫りくるなにか。
やがて下肢から力が抜けて膝は崩れ落ち、不本意ながら香川の目の前に筒井の高く掲げられた腰が晒される。

「残念ですけど、そんな簡単にカせてあげる気はないんですよ」

言いながら香川が掴んだのは、知らぬ間に先走りを零していた筒井自身であった。
男の割に細く繊細な彼の指先が筒井自身の根元を戒め、今にも絶頂に達しそうだった波を堰き止めてしまっている。

「どうして欲しいのか、その頑固な口で言ってみてください」
「はァ、っ……。ンン!」
「今さら逃げるだなんて無理なことは先生も承知でしょう。それなら、誰かにこんな所を見られないうちに俺の言うこと聞いてさっさと終わらせてしまうのが賢明だと思います」

従っては駄目だ。こんなたかが十五の子供に言いくるめられ屈してしまっては――。
筒井は唇を強く噛む事で堪えようとしたが、戒められたままの熱を指の腹できつく擦られ、思わず息を呑んでしまう。
堰き止められ、出口を失った快楽は体中を暴れまわり、筒井を心身ともに追いつめた。
気が付けば、噛み締めていたはずの唇はしどけなく開かれ、小さな嬌声と共に飛び出したのは切羽詰まった懇願であった。

「……っ、せて……」
「聞こえませんよ」
イカせて……ッ、香川……!」

屈したその瞬間、手に入れた絶頂は今までに味わっことがないほど強烈なもので、香川の滑らかな掌に白濁を吐き出した筒井はゆっくりと目を閉じ、快楽の余韻を体中に纏いながら意識を暗闇の中へと沈めていった。



目が覚めた時、教室を彩っていた夕陽の朱色はすっかりと消え失せ、代わりに紺の薄闇が辺りを包んでいた。

「香川……?」

寝かされていた床から起き上がり、筒井は窓際に佇んで星の瞬く空をどこか惚けた様子で眺めている香川の横顔に声をかける。
すると彼はこちらを振り返り、いつもと変わらぬ優等生の仮面を貼り付けた理性的な表情で薄く笑い、わざとらしく小首を傾げてみせた。

「気が付きましたか。後始末はしておいたので、安心して下さい」

言われてみれば、だらしなく白濁に塗れていたはずの太腿は乾き切り、寛げられていた下着やスラックスも元通り着せられている。
だが、しかし。拭いきれない局部の痛みと腰の怠さに眉を顰めずにはいられず、筒井は香川を上目で睨むと、どういうつもりだったのだと改めて問い質した。
すると香川は困ったように眉尻を下げて窓辺から離れると、床に座り込んだままの筒井に歩み寄り、伸ばした掌で涙の痕が僅かに残る頬を柔らかく包み込んだ。

「さっき理由なんてないって言いましたけど、本当は違うんです」
「当たり前だ、理由もなしにこんなことされて納得するかよ」
「先生はきっと、理由を分かろうとしないだろうから言う必要はないと思ったんですけどね」

理由を問い質しているのに「分かろうとしない」とはどういう事か。
相変わらず真意のつかめぬ香川の意味深な物言いに顔を顰め、更なる詰問を畳みかけようとしたのだが、それよりも先に香川は筒井の元を離れ、教室を後にするつもりなのか歩き出してしまった。

「香川!」

慌てて筒井は彼の名を呼びつけたが、香川はこちらを振り返ってにこりと微笑を一つ残した後、そのまま教室を立ち去った。
一体、筒井が分かろうとしない理由とはなんなのか。
――否、分かろうとしていたのだ。それなのに、理由を告げなかったのは香川の方である。
言わずとも理解出来るような理由ならばとっくに読み取れるというのに、彼は斧ら絵の強引さだけを貫き、そこから真意を読み取れなどと無茶を言ってからかっているようにしか思えない。

「どういうつもりだよ……」

ただ曖昧に、ぼんやりと形を成さない香川の不確かな理由と想いの充満する教室の中、こみ上げる憤りや苛立ちを噛み締めながら呟いた筒井の言葉は、薄闇に飲み込まれその輪郭を失った。