草食系男子×ギャル+おとなしめ女子

果てしなく広がる夜空の下、生まれたままの姿で露天の湯舟にゆったりと浸かるひと時は、老若男女を問わぬどころか人間ほどに発達した感情を持たぬはずの動物をも癒す効能があると言われている。
だが、しかし。ロイは立ち上る湯煙の中、叫び出しそうになる衝動をどうにか堪えつつ出来る限りその身を縮め、焦燥と羞恥を浮かべていた。

「なっ、なっ……なんで?」

自分は先ほどまで、同級生たちと他愛もない会話を楽しみながら露天風呂を満喫していたはずだ。

「なんで僕は女湯にいるのさ!」

涙の滲む声で現状をか細く嘆いてはみたものの、納得のいく説明を今のロイに施してくれる者など皆無である。
兎にも角にも、ここから一刻も早く脱出をしなければ――。
ロイは逃げるようにして露天の最奥部分、出入り口の死角となる岩陰に身を潜めると、さてどうしたものかと小さなため息を一つ零した。



数分前、ロイは確かに男湯へと浸かっていたはずだ。
露天風呂から眺める星空は魔法で描いた軌跡よりも美しく、湯船の温かさも相まってか実に神秘的で心地良い。
しかし、その途中で唐突な眩暈に襲われた。
星空を夢中に眺めるあまり、湯あたりでもしたのだろうかとロイは微かに傾く視界から逃れるように両目を瞑り、閉ざされた暗闇の中で平衡感覚を取り戻そうと努めたのだが――。
次に目を開けたとき、自分の周りから同級生たちの姿は跡形もなく消え去っていたのだ。
眩暈と格闘している最中に、みんな湯からあがってしまったのだろうか。
それならば自分ものぼせてしまう前に切り上げるべきかと立ち上がり、露天と室内浴場をつなぐ扉に手を伸ばしかけたのだが、そのときロイは初めて異変に気が付いた。
そう大して厚くもない扉の向こう側から、何故だろう、女生徒たちの声が聞こえたような気がしたのだ。

「そ、そんなわけないよね……」

確か女湯は、男湯の真横に位置しているはずだ。隔たりのない露天越しに女の声が聞こえたとしてもなんら不思議はない。
音は扉の向こうではなく、野外から漏れ聞こえているに違いない――そう言い聞かせ、ロイは意を決し、扉を開けた。

「……!」

だが、そっと控えめに開いた扉の向こう側に待っていた光景はというと、放漫な乳房が露わに飛び交う至上の楽園――否、脱出困難な地獄の一丁目であった。
これが、事のあらましである。
さて、この窮地をどう脱するべきか。
いま身を潜めている岩をよじ上って隣の男湯まで移動するのはどうだろうかとまず思案したが、濡れた岩肌は滑りやすく、裸足のままではあまりにも危険だ。
近くに竹箒もしくはデッキブラシでもあれば浮遊の呪文を使えたのだが、手入れの行き届いているこの温泉施設には残念ながら客の見える場所に掃除用具など放置されてはいなかった為、露天風呂伝いの脱出作戦は早くも諦めなくてはならなかった。
となれば、正面突破を試みる以外に方法はない。
自身の肉体を限られた時間内のみ、人間の視界から消し去る透明化の魔法を使うのはどうであろうか。

「それしかない、もんね……」

透明化した状態で女湯を通り抜けるなど、まるで覗きのようではないかとロイは肩を竦めたが、しかし――今は緊急事態である。
決して自分は女生徒たちの裸を目当てに女湯を横切ろうとしているわけではないのだとその胸中にて言い聞かせつつ、意を決し、震える声音で透明魔法を詠唱した。



己の肉体は本当に女生徒たちの視界から消えているだろうか。
もし呪文を間違えていて魔法が不完全だった時はどう言い訳をすれば良いのか――。
様々な不安と葛藤が頭を過ったが、魔法の効果は時間が限られている故、躊躇する暇など一分もない。
露天と室内大浴場を隔てる扉を軋ませぬよう慎重に開き、ロイはまず一歩を踏み出してみる。
瞬間、視界に飛び込んできたのは、体に巻き付けた薄いバスタオル越しに浮かび上がる大きさとりどりの乳房たちだった。

「う、あ……」

途端に足が竦み、ロイは早々に挫けてしまう。
煽情的かつ豊満な女体へと文字通り視線は釘付けとなり、なかなかそこから目を逸らすことが出来なくなってしまったのだ。
性への関心は同年代の男と比べると少ない方であると自負していたが、しかし、ロイとて雄の本能は持っている。
女性への免疫があまりない事も相まってか、艶めかしい肢体がいくつも視界に飛び込んでくるこの状況で胸を高鳴らせるなという方が難しい。
そして、ロイの心を早々に挫けさせた要因が他にもう一つ。
よりにもよって現在、大浴場にいる女生徒たちは皆、ロイを含む風紀委員を目の敵にしているあまり素行の宜しくない面々であったからだ。
一人目は、クレアという褐色の肌を持つ女生徒である。魔法の授業よりも自身の顔を派手に彩る事に全力を注いでおり、たびたび生徒指導室へと呼び出されては化粧品を没収されているらしい。
二人目は、リオという色白で華奢な体つきの女生徒。見てくれだけは清純派を装っているがクレアと幼いころからの親友である為、こちらもあまり素行の宜しくない問題児の一人と数えられていた。
そして三人目はというと、素行の悪い二人とは真逆の生活を送っているであろう、ルイというあまり目立たない女生徒だ。
彼女だけはバスタオルを纏わずその裸体を湯船の中に沈めていたが、どうやら問題児二人と居合わせてしまった事が気まずくて仕方がないらしく、心地悪そうに眉を顰め、もぞもぞと落ち着きなく身じろぎを繰り返している。
恐らく、ルイが先に入浴していたところに問題児二人がやってきたのだろう。
思わぬ災難に見舞われたという点では、ロイと同類なのかもしれない。

「……っと、余計なこと考えてる場合じゃなかった」

今のロイには気の毒な女生徒へ同情を寄せている暇など微塵も残されていなかったことをようやく思い出す。
前進を拒むように未だ両脚は竦み震えていたものの、この大浴場を一気に突っ切ることが出来ればひとまずは安心だ。
改めて自身の弱気な心を奮い立たせ、ロイはどうにか歩みを再開する事に成功したのだが――。

「なーにモタモタしてんだよ、優等生クン」

ふいにクレアがこちらを振り返ると、右手を掲げ、派手なネイルアートに彩られた長い指先をパチンと一つ鳴らしてみせた。

「きゃあああああっ」

まず飛び込んできたのは、湯船に浸かっていたルイの悲鳴である。
突然の絶叫にまたしても歩みを止めてしまったロイは、一体なにが彼女の畏怖を誘ったのかと辺りをキョロキョロと見回したのだが、あいにくと異変は見つからない。
それもそのはず、その異変とは何を隠そう〝ロイ自身〟であったからだ。

「えっ、えええっ?」

ルイの悲鳴と共鳴するように、今度はロイが素っ頓狂な叫びをあげる。

「女湯に忍び込んだ感想はど~お?」
「うふふ、優等生クンったらやらしー」

取り乱すルイとは裏腹に、タオルたった一枚を身にまとったクレアとリオが嬉々とした表情を浮かべ、ロイの前へと立ちはだかる。

「な、な、なっ……。なんで、見えてるの?」

早くも透明化の魔法がその効能を失ってしまったのだろうか。それほどまでに自分はこの大浴場の真ん中で、彼女たちの裸体を前に立ち竦んでいたのかとロイはその顔色を青く染めたが、どうやらよくよく話を聞いてみるとこちらの落ち度ではなかったらしい。

「成績優秀な口うるさい風紀委員気取りのくせして、アタシら程度に魔法解除されるとか、まだまだ未熟者ってコトじゃん」

言いながらクレアが指先で汗の滴るロイの顎を救い上げ、にやりと実に意地の悪そうな笑みを浮かべてみせた。

「二度と生意気な口がきけないよう、今日はたっぷり可愛がってやるからな」

……どうやらロイは、この問題児二人にまんまと嵌められてしまったようだ。



「さて、なにから始めようか」
「ねーねー、クレアちゃん。早くイジメてあげようよぉ」

濡れた大浴場内のタイルの上、腰にタオル一枚を巻き付けた情けない姿のまま、ロイは正座を強いられていた。
頭上では、クレアとリオがはしゃいだ声をあげつつ、自分をどう辱め甚振ろうかと算段している真っ最中である。
浴槽内に取り残されたままのルイは、未だ驚愕の表情を浮かべたまま自身の胸元を濡れたタオルで覆い隠しつつ小さく震えていたのだが、あろうことかクレアたちは彼女をも巻き込もうとしているらしい。

「ルイ、どうせだったらアンタもこっち来なよ。一緒にこのクソ生意気な優等生クン、イジメて遊ばない?」

アンタも何か風紀委員に恨みはないの、とクレアに問われ、ルイは未だ男の裸体に怯えつつも、ふと眉を顰めて独り言のようにぽつりぽつりと返答を紡いだ。

「マンガ、没収された……」
「えー、なにそれ。かわいそー」
「か、買ったばかりだったのに……!」

おどおどとしたままの口調とは裏腹に、ルイの表情は怒気を帯びて徐々に顰め面へと変わっていく。
恐らく持ち物検査の際に取り上げられたのだろう。
ルイが漫画を好んで読んでいたとは知らなかったが、しかし、それはそれ、これはこれとしか言いようがない。持ち物検査は全校生徒に向けて不定期に実施されるものであり、ロイが己の権限を使って物を取り上げているわけではないのだから。

「そういや、私も新作のコスメ取り上げられたっけ。どう落とし前つけてくれんの?」

まるで汚物を蔑むかのような鋭い視線が、頭上から容赦なく降り注ぐ。

「ウチら、もう取られたものをただ返してもらうだけじゃ気が済まないんだよね」
「そうだ、そうだー!」

凄むクレアに、リオの呑気な合いの手が乗る。

「ってことで、そう簡単にはここから逃がしてあげねーよ」

そんな語尾と共に、突然、ルイが身を沈めていた湯船から水柱があがった。
汗ばむほどの温度に調節された浴槽の中から派手に姿を現したそれは、うねうねと不気味に蠢く吸盤付きの触手――。

「タ、タコ……?」
「と、思うじゃん? 残念、アタシが魔界から召喚したクラーケンだよ!」

湯船に残されたまま、今度はその顔色を青く染め上げながらガタガタと震えていたルイをリオと二人がかりで浴槽の外へと抱えて引きずり出しながら、クレアはローズピンクの瞳でウインクする。
不真面目な問題児のくせに、召喚魔法を会得――それも魔物を手懐けてしまっていたとは、侮れない女であるとロイは思わず息を呑んだ。

「今からアンタには、このクラーケンちゃんと遊んでもらうから」
「遊んでもらうって、どうやって……。って、えええええっ?」

こちらの問いかけが終わらぬうちに、湯船からクラーケンの触手がその巨体に見合わぬスピードで伸びあがり、たちまちロイの未発達な肉体へと絡みつく。
謎の粘液をじわりじわりと分泌しながら、あっという間にクラーケンはロイの手足に巻き付いて動きを封じ、あろうことか腰に巻き付けたタオルの内側、ロイの縮こまったペニスにまでその触手を伸ばし始めたのだ。

「真面目な優等生クンがアタシのクラーケンにちょっかい出されても勃起せずイイ子のままでいられたら解放してあげる」
「な、なんだよそれぇ!」

理不尽極まりない提案にロイは半ば泣き叫ぶような声で抵抗を示したのだが、クレアたちがそれに応じる気配はない。

「品行方正の優等生クンになら、これくらいヨユーっしょ?」
「まさか魔物に興奮しちゃうくらいはしたない男のくせにウチらに風紀がどうのって説教してたわけじゃないよねえ?」

とんでもない逆恨みであると反論しかけたロイであったが、その瞬間、被さっていた皮を剥き上げるような仕草でペニスに巻き付いた触手が蠢き始めた為、吐き出しかけた言葉をそのまま悲鳴と共に喉の奥へと呑み込む羽目となってしまう。
妙な繊細さで萎んだままの雄を愛撫するその動きは、魔物というよりも手練れた娼婦を彷彿とさせた。
果たしてクラーケンに雌雄の区別があるのかどうかは分からなかったが、明らかにこの触手たちは男の身体を弄ぶことに慣れている様子である。
まさか、クレアが仕込んだのだろうか。

「うあっ、ア……!」

タオルの内側で、何本もの触手たちがロイのペニスに代わるがわる絡みつく。
亀頭を外気に晒上げようと先端部分を皮ごと扱くもの、尿道に吸盤部分を押し付けるもの、分泌液を多量に排出しながら根元を巻き上げるもの――。
人間の身体では決して実現出来ない繊細かつ摩訶不思議な感触の愛撫の数々が、ロイの中に残る理性の鎧を一つ二つと剥ぎ取っていく。

「ちょっと、なにそのカオ。まさか興奮してんの?」

クレアが間近からこちらの顔を覗き込み、にやりと口端を歪めた。
更に彼女の肩越しからリオもひょいと顔を覗かせ、

「ホントだ、気持ちよさそうにしてるぅ」

などと謳うような口調でロイを辱めながら、端正なその顔立ちに無邪気な笑みを浮かべてみせる。

「嫌だ、こんなこと……っ。やめさせてよぉ、クレア……」

身を捩りながら恥も外聞もなく頼み込んではみたものの、クレアも、そして絡みつくクラーケンの触手たちも、当然の如く聞く耳を持たなかった。

「あ、あ……っ、うン!」

ほどなくして、敗北の瞬間が訪れる。

(以下略)
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