お堅い上司×ワンコ系部下

顔に似合わず甘いものが好物だという彼の指先から、マグカップをふいに奪い取る。
甘ったるいミルクが沈むキャラメル色へと変色した珈琲をひと口含んでみたものの、やはりカフェインの入った飲み物に甘さは一切不要であると再認識した佐藤は思わず舌を出し、よくもこんなものを毎日飲んでいられるなと肩を竦めた。

「耀司さん、こんなの毎日飲み続けてたら舌が馬鹿になっちゃうよ?」

言いながら、口直しと称して不意打ちのキスを一つ贈ると、鈴木の肩が大袈裟なまでにびくりと跳ね上がる。
まんまと連れ込んだ自室にて、この反応――。
悪くはないなとほくそ笑みつつ佐藤は重ねた唇を軽く啄みながら解放する。
さて、どんな表情を浮かべているのやらと上目に伺えば、彼は隻眼を大きく見開き、長く繊細に伸びた睫毛を震わせていた。
随分と可愛らしい反応ではないかと思わず口元を緩ませた、その時――。
佐藤の視界が、ぐるりと回転した。
どさり、という鈍い物音と共に背中へと走る軽度の痛み。
どうやら自分は鈴木にフローリング上へと組み敷かれてしまったらしい事に一拍置いた後で気が付いた。
眼帯で常に左目の塞がった男から的確な表情を汲み取ることにいつも苦労していたが、現在の彼はその胸の内を言葉には出さないまま、こちらが面食らうほど饒舌に語りかけてくる。
唇をただ重ねるだけでは物足りない、唐突に灯された不埒な熱にこのまま身を任せ、夜を明かしたいのだ――と。

「キス一つで俺のこと押し倒しちゃうなんて、結構カワイイとこあるんだね」

揶揄するような言葉を投げかけながら、佐藤は彼の左手に自身の指先を絡めると、未だ嵌められたままであった黒手袋を薬指の指輪と共にそっと抜き取った。
彼がそれを大事にしていると知りながら、取り外したそれをわざと乱雑に放ったのは、紛れもない嫉妬心である。
鈴木が抱える過去に対して、こちらも真剣に向き合い、その上で葛藤しているのだと知ってほしかった。

「ねえ、耀司さん……」

今だけは、すべてを忘れさせてあげると佐藤が甘く囁こうと唇を開いた、その時である。

「えっ、ちょ……。あの、耀司さんっ?」

どうしてだろう。
組み敷いた佐藤を絶対に逃がすまいといった気迫で鈴木はそのまま伸し掛かってくると、あろうことか実に無遠慮な手つきでこちらのベルトを抜き去るや否や、断りもなく下肢を寛げ始めたのである。

「耀司さんってば!」
「どうしたんだ、ここまで煽っておいて往生際の悪い……」
「だ、だってあんた……」

俺のことを抱こうとしているのではないか。
尋ねると、鈴木は悪びれた様子もなく当たり前だと嘯くと、形良く整った自らの唇を佐藤のこめかみに押し当て、これは仕方のない事だと一方的に結論付けてしまう始末である。

「惚れた弱みがどうのとよく言うだろう」

オレのことを先に好きになってしまったお前が悪いのだと掠れた低音で囁くものだから、佐藤は思わず息を詰まらせ、それ以上の反論を封じられてしまう。
相手の返答を待てないと駄々をこねて唇を奪った経験がある手前、惚れた弱みにつけ込まれては反論の余地がない。
彼の言う通り、先に好きだと口走ってしまった自分の方が立場は不利なのだ。
鈴木を強く欲しているからこそ、その唇から紡がれる欲求の数々を無碍に断ることなど出来ない。
――すべてを受け入れなければきっとこの男は、あっという間に黄泉へと旅立った婚約者へと魂を惹かれてしまうだろうから。

(以下略)

※当ページに掲載しているのは本文の一部のみです。